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精霊の贈り物

三百年の歴史を持つ古都ミレア、そこには多くの店と人々がそれぞれの歴史を紡いでいました。


 街の中心にそびえたつ大教会の南側から正門まで続く大通りでは商売が盛んで、街道に面するように様々な店が立ち並んび、そこでは、国に訪れた旅人や街で生活する人々相手に、日々たくさんの物を売り買いしており、その様子はまさに、街そのものが生き物みたいに生きているようでした。



 そんな活気溢れる大通りを逸れ、脇に伸びる薄暗い一本の路地を抜けた先、埃を被った古風の石造りの住居が立ち並ぶ中そのお店はありました。


 壁の所々には亀裂とぼさっと伸びた蔦が生え揃い、窓には何度も補修した後があるその姿は、店の前に出ている看板が無ければここに来た誰もが間違いなく廃墟か何かだと思ったでしょう。



〝グーデルト遺物専門店〟



 木で造られたお手製の看板にはそう書かれていました。




「今日も相変わらず暇ですね…」 


 店内には窓辺の椅子に腰かけ、ティーカップに口を付けながら物憂げに本を読んでいる可憐な少女と、カウンターできれいな石ころを眺めながら難しい顔をしている金髪の長い髪で背の小さな女性がいました。


 この日記を書いている少女……、

 つまり私、〝サテラ“は、茶色のショートボブで癖っ毛混じりの美……ありふれた普通の少女です。 


 一方、カウンターの方で仏頂面をしているまるで子供のようなちんちくりんの女性が、私の師匠こと、

〝ミリア・フォン・グーデルト“、


 この国唯一の遺物鑑定師です。


「うーん……? 時間が立てば何か仕掛けでもあるかと思ったけど……。」


「師匠。もうそろそろお昼になりますけど、まだその石ころについて考えているのですか?」


「だって、遺物としての効果がまったくわからないんだもん」


 そう言って師匠は片手でぱっと、石を照らすために使用していたランタンの明かりを消しました。


 師匠の話している遺物とは、何故そうなるのか原理が全く分からない摩訶不思議な現象を引き起こす物品を指します。


 遺物には、例えば動力なしで空を飛ぶものや、燃料なしに自動で動き続けてくれるものなど、使用すれば生活が便利になるものから、中には、使い方次第で、世界そのものを危機に落としかねないような危険な物品も含まれています。


 そのため、師匠のように【遺物鑑定士】という、いわば遺物のスペシャリストが、各国家には最低でも一人存在し、その名前の文字通りに遺物の効果を鑑定したり、危険な遺物の封印を担当したりしています。



 先程から師匠が眺めている石は、昨日この店に訪れた、南の地方からやってきたという商人が売っていったもので、その商人が言うには、「戦の絶えなかったある国を治め、戦争を終結させた伝説の英雄の剣に付いていた……」、だそうです。


「はぁ…、師匠のことだから、また騙されたんじゃないですか?」


 そう私は、ため息混じりに呆れた顔で師匠の持つ石を改めて見ました。


 やはり私には何度見ても、初めて見た時と同じように、石はただのくすんだ青緑色の、良く言えば宝石で、遠目から見たらただ綺麗な石ころ同然であり、特別なんの不思議な力も持っているようには感じませんでした。


 それなのに、師匠といったら性懲りもなく、


「でも、あの商人、商会の会員証は間違いなく本物だったし……、石の雰囲気から何となーく厳かな感じが漂ってきたし……、何よりも私の長年の勘がこれは『遺物』だと告げているね!」


 などといって、石ころをポイっとカウンター奥のガラクタが積まれた山に投げ込む始末でした。


「師匠がそう言う時の勘はまったく当たった試しが無いじゃないですか……、この前だって、ただの壊れたペンを『どんな紙にも絶対に書くことのできない遺物』と歌われて、ゴルグス金貨一枚をぼったくられたばかりじゃないですか!」


 私は、典型的な詐欺のカモのようなことを言う師匠をにらんで話しました。


「違う!あの時は詐欺じゃなくて失敗を買っただけだもん!」


 師匠がドンとカウンターテーブルを叩くと、衝撃で端に置いてあった鳩時計から気の抜けたラッパのファンファーレ音と、黄色い花びらがひらひらと空中に舞い、そのまま周りの床に落下して黄色い絨毯のようにしました。


 まったくこんなんだからこの店は、いつまでたってもミレア唯一の遺物鑑定の店と客に敬われるのではなく、ただ便利な質屋だの、いらなくなった骨董品の処分場だの、ゴミ捨て場のように扱われるのでしょう。




 ……ちなみに余談ですが、ゴルグス金貨一

 枚分はこの国の場合、毎食レストランで料理を食べる生活が一か月は続けられるぐらいの金額になっています。



 師匠は黄色い花びらの付いた頭をがっくりと落とすと、


「はあ、この石が願い事を何でも叶えてくれる遺物だったりしないかな」


 なんてありえないことを、ため息混じりに言いました。


「そんなこと言っている暇があったら、早く掃除をしてください。」


 私は読んでいた小説をパタンと閉じると近くのがらくたの山に乱雑に置かれていた二本のホウキを持ち、その内のⅠ本をカウンターの上に置いて花びらの散った床を履き始めました。


 うなだれていた師匠も、渋々といった様子で立ち上がり、ホウキに手を掛けようとしたところで、カラン、カランとカウンターの上に置かれた来客用のベルが鳴ります。

 ギイーと扉と床が擦れて軋む音のあとに、扉の外側から、


「すみません……、誰かいらっしゃいますか?」




 と、おそるおそる訪ねる声が聞こえてきました。


中に入ってきたのは栗色の髪の少女でした。


 その、あどけなさが少し残る童顔には不安そうな表情が浮かんでおり、綺麗な菫色の瞳はわなわなと震えて、今にも逃げ出してしまいそうでした。


 私は、暗い店の雰囲気に負けないようにできるだけ明るい感じで、


「いらっしゃいませ」


 と挨拶をします。


 すると、少女の表情は、パッと安堵のものに変わり、声のかけられた店の奥へと歩を進めていきます。


 少女の腕には木製の小さな小箱が大事そうに抱えられていました。


「遺物の鑑定をお願いしたいんですけど…」


 少女はそのままゴトッとカウンターに木箱を置きました。師匠はそれを見てから素早く手袋をして、丁寧な動作で持ち上げると、先ほどの間の抜けた表情とはうって変わって真剣な面持ちで箱を見渡しました。


 私は、そんな師匠の様子を横目で見ながら、仕事を邪魔せぬように、カウンターの前でそわそわとした様子の彼女を椅子に座るように促します。


 そのまま、店の奥にあるキッチンから、ティーカップを二つ取り出すと、一つには先ほどまで飲んでいた、師匠には《《内緒》》にして楽しんでいる、ちょっぴり質の良い方の紅茶を、もう一つには朝淹れたコーヒーを再度温めて注ぎましだ。


 コーヒーの方のカップには角砂糖を二個入れて、流し台の近くに置かれた円形のお盆に置き、もう一つの紅茶の入ったカップと砂糖の入った瓶を持って少女の方へと向かいます。


 私の後ろにはふわふわと、お盆が浮きながらついてきており、カウンターで遺物を見ている師匠の所へと、コーヒーを、スゥーと運んで、そのままふわふわと同じような状態で元の場所へと自力で帰っていきます。


 椅子に座った少女は、その様子をとても興味深そうに眺めていました。

 

 私は持ってきた紅茶を反対に座る彼女の前に置いて、


「砂糖の方はご自由に入れて下さい。」


 と砂糖の入った瓶をテーブルの真ん中に置きました。


 私の声を聴いて、対面の少女は、はっと意識をこちらに戻すと、あわあわとしながら紅茶を飲もうとします。


 私は、一旦、アイスブレイクに日常会話でもと考えていましたが、あそこまで緊張している彼女の様子を見て、それは逆効果になるかもなと思い、できるだけ早く本題に入って上げようと、


「落ちついて下さい、あなたが持ってきた遺物の話を聞きたいだけですから。」


 そう言って、少女を落ち着かせようとしました。


「まずはあなたのことを教えていただけますか?」


 私がそう訪ねると、少女は慌てたまま、口をつけていたカップをすぐに置いて、その後、少し息を吸い込んでから自己紹介を始めました。


「わ‥私は、ノルン商店の店主を務めています、"フィル・アーティチュード・ノルン"です。ミリア様の方に挨拶が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。」


 目の前の少女はペコリと頭を下げました。


 動きと共に彼女の綺麗な長い髪がふわりと動いています。


 私は、彼女の言葉を聞いて、改めてその姿をじっと見ます。


 ノルン商店と言えば、中央のメインストリートという一等地に長年店舗を構えていて、服飾品や食器などの金属製雑貨を中心に扱っている名店です。


 一年前に急逝した先代店主の"フォズ・アーティチュード・ノルン"、つまりノルンさんの《《お祖母さん》》が行う、厳しくもしっかりと相手のことを考えているような接客が好評で、彼女目当てで来店する人も多く、訪れたお客さんが初めから望んでいたかのように、自分に取って遇うものが必ず見つかる……、とミレアでも《《有名》》な店舗でした。


 フォズさんが亡くなってからはずっと店を閉めていましたが、先ほどの自己紹介を聞く限り、孫の彼女が店を継いだのでしょう。


「ノルンさん頭を上げて下さい。こちらもノルン商店が営業再開していたとは露知らず、挨拶回りが出来ていなくて、申し訳ありません。」


 私はペコリとノルンさんに向かって頭を下げます。


「いえいえ、挨拶が出来ていなくて当然ですよ、えっと…」


「サテラです。名字などは分からないので、呼ぶときはサテラで結構ですよ。ここ、グーデルト遺物専門店で、モニカ師匠の助手をしています。」


「サテラさんですね、改めまして今日はよろしくお願いします。」


 ノルンさんも立ち上がり、私に返すように深くお辞儀をしました。


「ええ、よろしくお願いします。それで、ノルンさん、挨拶が出来ていなくて当然とは、一体どういうことですか?」


「実は、店のプレオープン自体が明日から出して、まだ開店準備の方も残っているので今は店を閉じていて、そもそも誰も挨拶が出来る状態じゃなかったんです。今日ここには、グーデルトさんの店への挨拶回りとそのついでに、祖母から預かった遺物の鑑定をお願いしに来たのです。」


「そうだったのですね、早とちりしてしまい、申し訳ありませんでした。これから何かとお世話になるでしょうが、よろしくお願いします。」


「いえいえ!こちらこそ、これからよろしくお願いします!」


 ノルンさんはまたもペコリと頭を下げます。中央通り一番街の有名店店主となるのに、その様子は低姿勢で、どこか《《自信の無い》》ような様子でした。


 突然に店を継ぐことが決まったことで、ノルンさんもまだ気持ちの整理がついていないのかもしれない。


 そう思いながら私は、目の前でとても緊張しているままの彼女を気遣うようにゆっくりと、一口お茶を飲んでから本題の遺物の話に移り始めます。


「えーと、それではノルンさん、持ってこられたものについて、簡単な質問をさせていただきます。」


 ノルンさんは、私からの質問に何を話せばよいのか、慌てふためきながら考えているようでした。


「すみません、説明もなしに始めてしまっては混乱させてしまいますね……。質問については、入手経路や効果について聞くだけですので、気負わずノルンさんの解っている範囲で答えてもらえば十分ですよ。持ち込まれたものの中には、もしかしたら危険な遺物や以前似たような効果を持つ物を鑑定したことがあった例も少なくないので、鑑定を安全かつ正確にするために行うものです。」


 私はそのまま、ちらりと師匠の方へ目を向けます。


 師匠は危険である可能性なんて考えてもいないかのように、既に手でベタベタと触りながら小箱のまわりを見ていました。


「はぁ……まったくあの人は、説明している身にもなってほしいですね……。すみませんノルンさん、話を中断してしまって、えーと、遺物の正しい情報が多くあると、その分、遺物の解析もスムーズに進みやすいのでご協力お願いします。」


 私は、そう言って、改めてノルンさんに一礼をしてから、さっそく遺物について詳しい質問を始めました。


「まずは、その物品を入手した、場所と日時を教えて下さい。」


「は、はい。えーと……一昨日の昼頃、店の倉庫で開店準備をしようとして見つけました。祖母が大切にしていた物をまとめていた際に見つけたもので、戸棚の奥に大事そうに仕舞われている形でした。」


「ということは、あの遺物はノルンさんのお婆様のものということですか?」


 私がそう聞くとノルンさんは頭を横に振って、


「いえ…私に宛てた手紙が一緒に置かれていたので、祖母が私に向けて用意したものだと思います。」


 そう答えてくれました。


「そうでしたか……うちの店に入らしたということは、その手紙の方には、遺物について詳しく説明などは書かれていなかったのですね。」


「はい、手紙には、私のために作ったものだということと、困ったときに開けることとだけ書かれていました。」


「そうでしたか……、人が作成できる遺物は、私が知っているものでも候補が無数にありますね……、それに中に入っているものが遺物そのもので、箱はただの箱という場合もありますね……。それでしたら、初めて触れた時とか、倉庫に置いてあったときとかに何か変わったような経験はされませんでしたか。」


「いいえ、特には。他に残されていたものも特に見当たらなくて、箱の蓋も開けることも出来ず……このままだと鑑定は出来ないのでしょうか?」


 ノルンさんは不安そうな顔をして話をします。


 私は、そんなノルンさんを安心させるように、


「大丈夫ですよ、ノルンさん。うちの師匠は優秀ですから、これより難しい場面も過去何度か経験していますから、どんな遺物でも対応してみせますよ。」


 と、師匠とこの店に太鼓判を押すように答えます。


 そんな風に褒められていることなど知らずに、師匠は既に観察を終了したのか遺物をカウンターの上に置いていました。


「師匠、鑑定の方は終了しましたか?」


 私がそう聞くと、本人はカウンターの内側で、


「まあねー、鑑定が楽で助かったよー。」


 と、あくびをしながら返事をしてきます。


「一旦、私からもお客さんに追加で話したいことがあるから、二人ともこっちにきてくれる?」


 師匠は、ちょいちょいと手招きをこちらにしてきます。


 私は、椅子から立ち上がり、そのままノルンさんの方を向いて、


「すみません、うちの師匠あんな感じでいつも出不精でカウンター内に引きこもりがちなんですよ。面倒かもしれませんがカウンターの方に向かいましょう。」


 そう言葉を掛けます。


 ノルンさんも、すぐに椅子から立ち上がって、そのまま二人でカウンターの方へと向かっていきました。




「まずは、ノルンさんに質問、うちは遺物の鑑定だけじゃなく販売や買い取りなども行っているんだけど、今回持ち込んだ物については鑑定依頼で大丈夫だよね?」


「あ、はいっ、鑑定だけで大丈夫です!」


「あはは、緊張しないで大丈夫だよ。今回の遺物は買い取れないから、その事を先に伝えて置きたかったんだ。」


 いきなりの師匠の言葉に私は首を傾げて、


「師匠?買い取りが出来ない理由はフォズさんからの《《贈り物》》だからですか?」


 と逆に質問を投げつけました。


「えーと、まあ、そうだね。効果についても分かってはいるんだけど…」


「そうでしたか。それでは、師匠?効果はどのようなものか、私含めてノルンさんに説明してあげてください。」


「いやー、この贈り物については……、あれ? というか、サテラももしかしてこれ初めて見るんだっけ?」


 と、逆に質問をされてしまった。


 私は、カウンターに置かれた木箱をまじまじと見つます。


 箱の表面は木材本来の美しい木目模様が目立つよう丁寧に加工されており、装飾品として使われている金で造られたであろう蝶の形をした蓋の留め具が高級感を感じさせていました。


 また、蝶の留め具をよく見ると、羽の先端部に向けて、纏う風を表すかのように特徴的な流線型の形をしていて、このミレアでも珍しいくらいの高い技術力で精巧に作られていました。


 自分で言うのもなんですが記憶力はなかなかにいい方なので、これ程のものであれば、一目見たことがあれば必ず覚えていたことでしょう。


「うーん…見覚えはないですね。」


 私の答えに師匠は過去の記憶を思い出すように


「あれー…そっかー、あの時一緒にいなかったんだっけ。」


 と言って、目を閉じて考え込むと、


「そうした方がいいかな。」


 と、ぶつぶつ独り言のように発した後、手をポンと叩いて、


「よし、決めた!サテラ、今回の依頼だけど、後の対応はあんたに任せるから、よろしくね。」


 そう言ってカウンター上の木箱を、グイっと私に対して半ば押し付ける形で強引に手渡してきました。


 私は引きつった笑みを浮かべながら、師匠に対して、


「その、師匠?この贈り物がどういう効果を持っているとかは、教えてくれないのですか?」


 と、手に押し付けられた箱を見ながら、師匠に質問をしましたが、


「もちろん。自分で効果についても結論を出してこそ、ミレアが誇る遺物鑑定士である、私、ミリア・フォン・グーデルトの『弟子』だからね。」


 と、腕を組んでふふんと鼻を鳴らされてしまいました。


 師匠がこのように私の成長のためといって、無理に事を言ってくる際はたいがいの場合、私が何を言っても無駄でした。


「まあ、効果については箱を開けないと働かないし、そもそも、効果自体も危険性があるようなものじゃないからね。そこのところは師匠のことを安心してくれていいよ!」


 と、その小さな身体で無駄に太鼓判を押してきました。


 私は、目に前でしたり顔をしている師匠の頬をつねってやりたい衝動をどうにか押さえつつ、はぁー、と大きなため息をしてから、隣で二人の会話に圧倒してしまっているノルンさんの手をギュッっと握って、


「行きましょう、ノルンさん。ああ言う事を言い始めた師匠は、もう会話が通じないので。」


 と、そのままノルンさんの手を引いて、店の出入口の方へと向かって歩いていきました。


 背後で師匠が、


「それじゃーよろしくね。帰ってきたらどうだったか話を聞かせて貰うから!」


 と、声を張っていましたが、私は特に返事を返すこともなく、ドアノブに手を掛けて、そのまま足早に店の外へと出ていきました。


「すみません。師匠はちょっと強引なところがあって。」


 私は、隣を歩いている、ノルンさんにそう謝ります。


 店を出る際に強引に繋いだままだった手は、大通りに向かって路地を歩いている途中に気がついて慌てて放しました。


「いえいえ、ミリア様はきっと、内向的な私に気遣って、年の近くて話しやすいサテラさんにしてくださったんだと思います。」


 そう、師匠のフォローをしてくれたノルンさんでしたが、私はというと


「いいえ、師匠はただ、面倒くさいだけだと思いますよ。」


 と呆れ顔で答えました。


「ふふ、お二人はとても中が良いのですね。」


 そんな私の様子を見てノルンさんは微笑みます。




「ところで、サテラさん、なんとなくついてきてしまっていますが、行き先は私の店でしょうか?」


「ええ、この遺物についてなんとなくの正体は解っていますが、遺物の効果自体が不明なので元あった場所にその手がかりがないか探したいのです。」


 私は、先ほど手を放した際にノルンさんに受け渡した小箱を見ながらそう答えます。


 箱は、ノルンさんの腕で宝物のように大事そうに抱えられていました。


「この遺物の正体についてもう解っているのですか⁉よろしければどういったものなのか教えていただきたいです!」


 ノルンさんはこちらの方へ期待の眼差しを向けてきました。


 普段の私だったら、お客さんや自分自身の安全性に影響する可能性があるので、最低でも遺物の効果がどんなものなのか確定してから他人に話すようにしていますが、今回は彼女のキラキラとしながらどこか私に縋っているような視線に負けたので、少しだけ考えてから、


「まず、これからの説明は私が考えている遺物の概要を教えるもので、ノルンさんの遺物そのものが本当にそうなのか、また、遺物の効果については確定していませんのであしからず。」


 と一言注意をしてから、コホンと1つ咳払いをして説明を始めました。




「ノルンさんの遺物は、ミレアだとよく見られるもので、たくさんの人がそれぞれで呼びやすい名前を付けていますが、私と師匠はそれら全てをまとめた通称で、精(・)霊(・)の(・)贈(・)り(・)物(・)と呼んでいます。」


「精霊の贈り物…ですか?」


「はい、大まかな原理としましては、精霊の贈り物はそのすべてが中に入れられた精霊石を使用して遺物としての効果を発動させています。」


「精霊石と言うと、日常生活で使うようなお手軽な遺物によく入っているものでしたよね? 私の店でも泥棒対策のために、閉店している時間帯に人などの侵入を音で教えてくれるベルを置いているのですが、鐘の舌のところに小さな精霊石の結晶がつるしてあったはずです。」


 ノルンさんは先ほどの師匠のように、腕を組んで得意げにフフンと鼻を鳴らしました。


 私は、その様子が幼い子供のように見え、ふふ、と少し笑ってしまいました。


「私、もしかして何か間違っていましたか⁉」


 戸惑ってしまったノルンさんに、私は、


「いえ、すみません。ノルンさんが思っているその精霊石であっています。」


 と、返事を返しながらも、緊張さえしていなければ、ノルンさんは乗りの良い可愛らしい人なのだろうなと、心の中で私は思いました。



「すみません、精霊の贈り物についての説明を続けますね。使い切りのこの遺物は、誰かへのプレゼントとして造られたもので、遺物がどんな効果をするかは遺物それぞれで違い、例えば、前見たものだと友人に悪戯をしかけるために、当人だけが開けるようにした箱を開けると、中から大量に虫が出てくるようにしたものもありました。」


「この箱もおばあちゃんが、私に対して悪戯しようとしている可能性もあるのですか⁉」


 ノルンさんは私の例を聞いて少し顔を青ざめてしまいました。


「いえいえ、あの件については、送り主が特殊だったと言いますか……コホン、とにかくそういった要件で使われることは極々稀で、ほとんどは、贈られた本人が喜ぶようなことを効果にしていますよ。そのため、師匠も、『人から人へと精霊を運んでいくもの』という意味で、『精霊の贈り物』という名前を付けたと言っていますしね。」


「多分、おばあちゃんのことでしたら、あまりそういった人の嫌なことは絶対にしないような、言ってしまうと少し硬い人だったので普段通りの方の使い方だと思います。それにしても、人から人へと精霊を運んでいくものだから、精霊の贈り物……真っ直ぐに意味を捉えた良い名前ですね。」


「ええ、私もそう思います。余談ですが、精霊の贈り物のような精霊石を使っているものは、正確な遺物の定義でいってしまうと、直接精霊から人に対してもたらされたものではないと考えられているので遺物とは呼べないんです。ミレアの法律でも、遺物扱いではないので専門店のみで扱う必要はないと定められているので、精霊石を使ったものは多くの店で扱っています。うちの店でも販売している遺物の内、お値段がお手軽なものについては、精霊石を使った師匠お手製の遺物です。」


「ミリア様は遺物の製作まで行えるとは…そうでしたらサテラさんのお店に置かれていた大量の商品は全てミリア様が?」


「いいえ、そこまでは多くないです。精々師匠自作のものはあの山の一割程度で、後はお客様から持ちこまれたものです。」


「そうでしたか、それでも遺物を作れるなんて、さすがミリア様ですね!」


 日常的に師匠と接していたから忘れてしまっていましたが、遺物鑑定士の中でも国から遺物の製作許可まで出ている人はごく稀です。


 ノルンさんが師匠を褒める様子に、なんだか私まで少し嬉しくなってしまいます。


「ふふ、ノルンさんが褒めてくださったこと後で師匠に伝えておきますね。」


 私は、喜んでいることがノルンさんにばれないよう余り表情を変えないように答え、それから、一呼吸置いて、私は改めてノルンさんの腕に抱かれた遺物を見ながら、


「実をいうと、ノルンさんが持ち込んできた時点でそれが、精霊の贈り物ではないかと予想していたんです。」


 と、ノルンさんに話しました。


「そんなに早くから解っていたのですか!」


 予想通りにノルンさんは驚きの表情を浮かべました。


「ええ、ただ、精霊の贈り物だった場合、いつもと師匠が違う対応をしていたのが少し気がかりで……。」


「気がかりというと、いつもだったら精霊の贈り物も売買することができるとかですか?」


「いえ、精霊の贈り物については普段からも、当人間のトラブルになることを避けるため、預かる事などはあっても基本買い取りは行っていないんです。それに、基本内部の精霊石が使いきりのものなので、そもそも持ち込まれた時点で効果が使用出来ない、壊れた雑貨品になるのが買い取れないことへの大きな理由になっていますが……、普段の対応だったら、危険性が低いので、精霊の贈り物と分かり次第、私がまだ使える状態の精霊石が中に入っているのを判断してから師匠に渡して贈り物の効果を推測して貰っていいました。」


「私、もしかしてサテラさんに先に渡すはずだったのに、誤ってミリアさんにいきなり渡してしまいましたか?」


 ノルンさんは、不安そうにこちらを見てくる。


 私は、再度横に首を振って、


「いいえ、ノルンさんは悪くありません。いままでも、師匠の方に先に渡すお客様がほとんどでしたから。ただ、その場合でも精霊の贈り物の場合だったら、師匠の方から先に私に渡していました。」


「今回は、たまたまサテラさんに渡すのを忘れてしまったのでしょうか?」


「ふふ、うちの師匠は確かに少しだけ抜けた所がありますが、今回は忘れていたわけではないと思いますよ。」


「それでは、何故モニカさんは精霊の贈り物だと気付いて渡さなかったのでしょうか?」


 ノルンさんは首を傾げて私の方へ聞いてきます。


「おそらくですが、師匠とノルンさんのお婆様である先代店主のフォズ・アーティチュード・ノルンさんが友人で、フォズさんが師匠に遺物の製作を依頼したときに、二人の間で何か秘密の約束ごとをしていたのだと思います。……もちろん、この予想が外れていて、全く違う遺物の可能性もありますけどね。」


「おばあちゃんとミリアさんはお友達だったのですか⁉ そんなことおばあちゃんからは一言も聞いたことがなかったです。」


 と、ノルンさんは自分の祖母の名前がいきなり出てくるとは思っていなかったのかすぐに聞き返してきました。


「ええ、と言ってもこの街では各店舗間の繋がりが大事にされていますから、友人関係が特別珍しいものではありませんよ。特にグーテルト遺物専門店とノルン商店は同じ地区間ですから行事などでもよく合いますしなおさらですね。」


「お店同士の繋がりが大事……。」


 ノルンさんは私の話を聞いて納得したように、


「私、この遺物のことも含めて、おばあちゃんの仕事のこと何も知らなかったんですね……」


 と、肩を落として落ち込んでしまいました。



「えーと……先程も軽く話しましたが、ここミレアでの、精霊の贈り物という遺物の立ち位置は、多くの人が、自分が一番大切に思っている人に向けて、秘密に準備する特別なものであると考えています。そのため、精霊の贈り物を渡す直前までは、相手に遺物の効果や遺物について内緒にしておくことが普通です。ノルンさんがおばあさんから貰った遺物について、何も知らなくても不思議なことじゃありませんよ。」


「それに、そのおかげで、今日私たちと縁を結ぶことができたのですから、逆に良かったかもしれませんね。」


 そう、私はノルンさんを励ますように言葉をかけます。


「そうかもしれませんね、サテラさんありがとうございます。」


 ノルンさんは顔を上げ、口元に手を添えて笑います。


 私は、今になって自分の喋った言葉が少し照れくさく感じたため、話の話題を別のものへと急いで変えようとしました。そんな私の考えはお見通しなのか、ノルンさんはまた小さく笑うと、そのまま、とりとめの無い話に付き合ってくれました。ノルン商店へと向かうために、細い路地を抜け、大通りに出るまでずっと話は途切れないままでした。


人気のなく狭くて暗かった路地が終わり、ついに商店の位置するメインストリートを歩き出します。


 メインストリートの明るく華やかな道では、変わった服装をした異国の商人や、今夜の宿を探す旅人、巡回中の兵士に、買い物帰りの婦人まで、様々な人でごった返していて、また、それらの客を一人でも多く確保するために、通りに面する各店舗がしのぎを削って看板商品の呼び込みを行いとても賑やかでした。


 ノルン商店は、当然ながら開店前のため店の前にお客さんは一人もいませんでしたが、それでも、まるでそこの通りの頭領かのように、培ってきた商売の年季を感じさせる堂々とした様子で建っていました。



 さすがに、この人の多さでは狙った方向に向かっていくのさえ大変でしたが、なんとか店の前に付いた私は、近くで改めてその外観を見ます。


 几帳面に整えられた白い石材の壁は、昔、私が訪れた時の様子からほとんど変わっておらず、どこか安心さを感じさせると共に、遺物専門店とは違い、経年劣化などで出来た壁の小さなひびもどこか威厳を漂わせ、ミレアのメインストリートに店を持つということへの矜持がこちらへと伝わってきました。 



 ノルンさんは服のポケットから重そうな鍵束を取り出すと、少しまだ不慣れな様子で、ガチャガチャと合う鍵がどれなのかを探してから正面の入り口を開けていました。


「失礼します。」


 私は、ドアノブを持って先に入るのを待ってくれているノルンさんに、軽く一礼をしてから店の敷居を跨ぎます。


 人のいない店内は照明が点いていませんが、店の側方に取り付けられた丸窓が、お昼過ぎの眩しい陽光を取り込んでいたため明るく、売り物の金属製アクセサリー類などが、キラキラと光を反射させてどこか神秘的な様相を漂わせていました。


 うちの店とは違い、大切に管理されたノルン商店は、埃一つなく清潔さを保っていて、ノルンさんのこの店への思いを感じさせます。


 ただ、内装は昔のままで、長年の営業によって出来ただろう、床や棚にある色あせや傷などは直していませんでした。


 そんな店内は、私が昔師匠に連れられて訪れた際、まだ先代のフォズさんが店主をやっていた頃の商店がほとんどそのまま残された形で、新規開店の雰囲気のない、前と変わらない懐かしささえ感じさせました。


「カウンターの奥が倉庫になっていて、おばあちゃんからの精霊の贈り物もそこにありました。」


 そう言って、私が店内を観察している間に、ノルンさんはすでに入口から一番奥にあるカウンター内に立ち、その後ろ側に置かれた扉の方を指さしていました。


 私はそれに気づいて慌ててノルンさんの方へ近づいていきます。


 すでに扉の鍵は開けていてくれ、私が倉庫の扉前に着いたのを確認したと同時に、ノルンさんがガチャリとドアノブを回して扉を開けて中へと入っていくのを眺め、私もすぐ後に続いて倉庫内へと入っていきました。


 倉庫の中も、一番奥の方にある丸窓から陽の光が差し、想像していたよりもずっと明るい場所でした。


「開店準備が忙しくて、そのせいで中は整理整頓ができていなくて…汚くてすみません。」


 ノルンさんはそう私に呼び掛けてくるが、おそらく合間の時間で軽く掃除をしていたのでしょう、室内も店内のように綺麗で、少しも埃っぽくなく、ガラクタまみれになっているうちの店よりも、倉庫の方が綺麗な状態でした。


「いえいえ、私たちの店と比べると、すごくきれいですよ」


 私が、お世辞ではないありのままの真実を話すと、ノルンさんは照れ笑いと苦笑いが混ざったような複雑な表情を浮かべました。


「精霊の贈り物はあそこの箱の中にありました。」


 ノルンさんは、丸窓の下辺りを指さします。


 そこには大きめの木箱が置かれていました。


「私が商店を引き継ごうと、はじめてこの店を訪れた時にはすでに、おばあちゃん個人の持ち物が店の物とは分けて木箱の中に置かれていたのですが、これだけは箱の上に手紙と共に置かれていました。ようやく最近になって、ある程度開店準備も一段落したので、軽く中身の整理をしておこうと思ったら箱と手紙が目に入って、読むと私に充てたものだと書かれていました。」


「なるほど、そして精霊の贈り物を見つけたのは良いものの、詳細がわからずグーデルト遺物専門店に持ち込んでくれたのですね。

 今、木箱の上に手紙は見当たりませんが、その手紙はどこに?」


「私が持っています。」


「もし宜しければ、手紙の内容を見てもよろしいでしょうか? 私の立場であったら何か遺物について気がつけることがあるかもしれません。」


「はい、もちろん。」


 そう言ってノルンさんは、さっと、開いた鞄の中から封蝋の施された封筒を取り出し、中に入っていた便箋を私の方へと受け渡してくれます。


 手紙自体は遺物ではなく、普通の紙に短く数行だけの文章が書かれており、手紙というよりかはむしろ、プレゼントなどと一緒に送るメッセージカードのようなものでした。




『愛しのフィルへ、あなたが店を継ぐと聞いて急ぎ作ってもらいました。これからたくさんの困難や悩みに遭遇すると思いますが、自分の初心を忘れずに、頑張って乗り越えてください。そして、その中でもどうしても一人で解決できないような難しい壁に当たった時にこれを開けるようにしてください。いつでもあなたのことをセレス様と共に見守っています。』





「おばあちゃんは少し気難しい人でしたけど、それでも、いつも私のことを考えていてくれました…」


 私が読み終わったのを察して、ノルンさんは話しかけてきました。


「改めて、お願いします、サテラさん。おばあちゃんの意思にはそぐわないかもしれませんが、私は、どうしても残してくれたものが何なのか知りたいんです!」


 私に向かってノルンさんが、深々と頭を下げました。


 そんなノルンさんに対して、私は間髪入れずに、


「安心してください。ノルンさん。私も、この遺物がどのようなものなのか興味がありますし、師匠からも任されていますからね。しっかりと最後まで協力するつもりですよ。」


 私は、気合を入れるように拳を握り、その後、顔を上げたノルンさんの前にそっと手のひらを差し出しました。


 こちらの意図に気付いてくれたのかノルンさんは両手を使って握り返してくれます。


 注がれた期待と嬉しさの混ざった純粋な彼女の目線に、私は照れくさくなってしまい、目線を下の方に向けてしまうのでした。





「まずは、遺物の鍵(・)となるものを探しましょうか。」


「鍵?ですか?」


「ええ、精霊の贈り物については、鍵をかけないで渡す場合もありますが、誰かへのプレゼントの場合、誤って効果が発動しないように、鍵を触れさせてから発動させるようにすることが多いんですよ。」


 そう言いながら、私は改めて木箱の上に置かれている遺物に手を触れてみます。


「私がこうして触っても反応しませんし、そもそも、ノルンさんが初めて触ったときも効果が発動していた様子もなさそうなので、十中八九今回は鍵をかけているのでしょう。鍵についてはお婆様の方から口伝などは何も無かったのですよね?」


「はい、おばあちゃんからは何も。そもそも、サテラさん、鍵がたとえあったとしても、何処に指せば良いのでしょうか?」


 ノルンさんは遺物を持ち上げて、鍵穴の無いつるりとした表面を見回しながら話しかけてきます。


「すみません。言い忘れていましたが、鍵については製作者が自由に決められるので、一般的な鍵じゃ無い可能性があります。」


 私の話を聞いてノルンさんは、右ポケットから出していた鍵束を遺物のそばに置いて、


「そうでしたら、鍵である物が見つかるまでこの店中の全ての物を触れさせる必要があるのですか!?」


 と、驚きの表情を浮かべた後、見る見るうちにその表情を青ざめていきました。


「最悪の場合、そうなるかもしれません。」


 そんな私も、倉庫内だけでも大量に置かれている、鍵候補の物品達を苦笑いしながら眺めます。


「それに、具体的なものではなく、特定の人が触れた場合や、特定の言葉を投げ掛けることが、鍵だった場合もあります。」


「それでは、鍵を開くことはほとんど無理なことなのですか?」 


 次から次へと降りかかる、私からの無理難題な言葉に、ノルンさんは絶望に満ちた表情で心配そうに返してきました。


「いえ、手紙にもありましたが、お婆様はノルンさんのことを思って精霊の贈り物を作ったはずなので、鍵についてもノルンさんと、関連したものであると思います。なので、初めから無作為にやるのではなく、まずは、ノルンさんが大事にしているものやお婆様が大切にしていただろう品物などから中心に当たってみましょう。」


「はい!わかりました!」


 私の提案にノルンさんは元気よく返事を返し、そのまま箱を大事そうに胸に抱え、小走りで店内の方へと向かっていきます。


 そんなノルンさんが前向きに取り組む姿勢を見て、最後まで見つからなかったらどうしようかなどと、ネガティブな考えをしていた私も、すぐにそんな気持ちを改め、素早くノルンさんの後を追っていくのでした。




「お店の内装や並べた商品は、そのほとんどが、おばあちゃんが店主だった当時のままにしています。数も倉庫内の物より少なくて、鍵が見つかる可能性が高いので、こちらの方から先に探して見ませんか?」


 と、先に店内で待っていたノルンさんの提案を受け、私たちは、しばらく店内に置かれた物品から鍵の候補を探してみることにし、まず、私は並べられた商品の方から始めることにしました。


 陳列棚には仮設置中といっていた通りに所々抜けはあるものの、新装開店に向けて、すでに主力商品である金属製の食器や服飾品などの生活雑貨が整頓されて置かれていました。


 鍵の捜索途中、私は店内の様子を改めて良く見ます。


 店内は一目見たときと同じく、綺麗な状態で、棚や天板の方にも隅のところまで埃などは一つもなく、また、そこに置かれていた商品も全て汚れ一つなく、完璧な状態で売られていました。


 そんなノルン商店の様子を見ると、やはり、どうしても自分の店と比べてしまうもので、とりあえず造ったのはいいものの、売れずにそこらへんに山積みで埃まみれにしている、うちの師匠とは違い、ノルンさん自身もこの店自体をとても大切に思っているのだと感じられ、


「こんなにも商店のことを、ノルンさんが大事に思ってくれて、お婆様も喜んでくれているでしょうね。」


 だからなのでしょうか、棚に置かれた商品や壁飾りを取り外し、あれでもない、これでもないと手当たり次第に持ってくるノルンさんを見て、私はふと、そう口に出してしまいま した。


「そ(・)う(・)だ(・)と(・)い(・)い(・)で(・)す(・)ね(・)…」


 そんな私の、独り言のような称賛に、ノルンさんは鍵ではなかった『ノルン商店』と書かれたドアプレートを箱の横にそっと置いて応えます。


 私に返す声は暗く、その顔には寂しそうな表情を浮かべていました。


 私は先程のよく考えもせず口に出してしまった失言のことを後悔して、すぐに謝罪の言葉をノルンさんにします。


「いえ、サテラさんが謝る必要なんてありません! むしろ、この店のことを褒めてくださりありがとうございます。私の方こそすみませんでした。まだまだこれからなのに弱音を吐いてしまいました。」


 そう、私に対してノルンさんは、笑顔で返してくれます。


 ただ、その表情はどこかやせ我慢をしていて、寂しさのようなものが浮かんでいます。


 ノルンさんはまだまだこれからだと言っていましたが、既にこの時点で店内のものは半分ほど調べ終わり、その全てが鍵ではないことが解っていました。


 私は、またしても鍵ではなかったアンティークな茶陶器を元の場所へと戻しながら、もし、ここにいたのが師匠だったらもっと上手い方法を出せていたのだろうか、なんて考えが頭の中を覆ってしまう前に、どうにか鍵が見つかればと祈りながら探すしかないのでした。





 鍵の捜索開始から既に三十分が立ち、もう店内に置いてある物の大半は調べ終えてしまいまい、残ったのは店の隅の方の目立たないところにある、可愛らしい女性向けのアクセサリー品が置かれたコーナーだけとなりました。


 色とりどりの装身具が並ぶ陳列棚の放つ煌びやかでポップな雰囲気は、どちらかというとこの店のターゲット層ではなかった若者が購入していきそうなものに感じます。


 私がそちらの方を調べるために近づいているとノルンさんから、


「あっ、サテラさんそちらの方は調べなくて大丈夫ですよ。」


 と、制止されてしまいました。


 何故やらなくて良いのか、私が頭に疑問符を浮かべていると、ノルンさんは慌てて理由を説明してくれます。


「すみませんサテラさん、説明不足でした。そこの商品は、店を継いでから私が仕入れしたものなので絶対に鍵ではないんですよ。なので、調べる必要はありません。」


 私は、ノルンさんの説明を聞いて納得した後、ノルンさんから許可を取り、アクセサリーを一つ手に取らせてももらいます。


 私が手にしたアクセサリーは、金属で造られた花を模したブローチで、花弁の中心部にはどこかで見たような青緑色の宝石が光り輝いていました。


「この辺のアクセサリー、とても可愛らしくて売れそうなのになぜこんな隅っこに置いているのですか?」


 ノルンさんは私の疑問に対して少し言葉に詰まりつつ、


「えーと……、その……、あっ、そこに置くのが一番良い雰囲気を出していたので! ほら、商品に陽の光も当たらないから劣化しづらいですし!」


 と、目を泳がせながら答えます。


 そんなノルンさんを横目にしながら、私は改めてノルンさんの仕入れたコーナーと昔と変わらない店の真ん中付近の棚とを見比べます。


 商品の並べ方など客への見え方はどちらも遜色ないのに、やはりどうしてもアクセサリー品は隅っ子のほの暗い雰囲気に負けてしまい、見劣りしてしまうように感じてしまいました。


 そんな私の様子を察したのか、ノルンさんは観念したかのように、一つ小さくため息をついて、


「すみません、サテラさん。少し嘘をつきました。えーと……、実はおばあちゃんにはこの店を継ぐことは伝えていなかったんです。そもそも、畳む予定だと亡くなった後に連絡が来て、反対する両親を置いて勝手に飛びだして来ちゃいました。」


 アハハとノルンさんはそう言って苦笑いをします。


 初対面の時に感じていた様子とは正反対の思い切りの良さに私は驚いて目を丸くします。


「子供のころに初めてこの店に来たときから、おばあちゃんの働く姿にあこがれて、だから、おばあちゃんの店をそのまま残して置けば自分もそうなれるかもって考えて……、それに、子供のとき以来、長らくおばあちゃんに会わないまま時間だけが過ぎていって、結局、死に目にも会えていなくて、おばあちゃんが自分に残してくれた唯一のものがこの店だと思ったら、自分の手で店を変えることが怖くなってしまいました。」


 そう話すノルンさんの肩が少しだけ震えていました。


「だから、おばあちゃんが私に別に残してくれたものがあったことにはとても驚きましたし、今度こそ、おばあちゃんのようなみんなに愛される一人前の商人になりたいと思っていたのですが……、やっぱり、私じゃ駄目そうですね。独りでもなく、サテラさんにも手伝って貰っているのに、おばあちゃんの大切に思っていたものがわかりません。」


 そう話したノルンさんに対して、私は何も声をかけることが出来ず、ただ、鍵の候補として持ってきていた、会計棚の上に置かれた木彫りの鳥の置物をそっと箱に触れさせます。


 またしても何も反応しない遺物は、まるで私たちを拒絶しているように、ただ静かなまま、カウンターの上にあるだけでした。


私はノルンさんに提案して、気分転換も兼ねて店内から倉庫の方へ移動することにし、折角だからと、手を付けられていないと話していた、倉庫内の整理整頓の手伝いを、しばらくの間進めていました。


「すみません、ミリアさんから任された仕事ではないのに、こんな倉庫の整理まで手伝って貰ってしまって……。」


 ノルンさんは、申し訳なさそうな顔をしながらも、手慣れた様子で整理の済んだ物を箱に戻していきます。


「いえいえ、様々な物を見られているからとても楽しいですよ。それに、師匠の所でもこういったことはよくやっていますからね。」


 私は、手に持っていた、年季の入った陶器製のティーカップを、食器が集まっている箱のそばに置いて、すぐに新しく持ってきた箱の中身に手を伸ばしました。


 一応、今まで整理していた物についても遺物には触れさせてから纏めていて、もう既に開始から一時間程度は立って、整理しきった棚も多くなってきたというのに相変わらず、鍵は見つかっていませんでした。


「お店を勝手に継いでからは開店準備の方で忙しく、倉庫には新しい物がどんどん追加するだけで、管理自体はまったく出来ていなかったので助かります。」


 ノルンさんは、話をしている間に素早く先ほどのティーカップの梱包を終え、食器が所狭しと詰められた箱を、カチャカチャと音を出しながら、元あった場所に戻していきます。


「ノルンさん、あちらの棚は整理しなくてもよろしいのですか?」


 私は、手付かずの場所へと目を向けます。


 ノルンさんは、そこの棚に入っている木箱だけは飛ばして、棚の整理を進めていました。


「ああ、忘れるところでした。折角なのでそこの整理もすることにしましょうか。」


 そう言ってノルンさんはその中の木箱を一つ、棚から自分の所へと持っていきました。


 木箱には埃以外にも汚れや傷が付き、年季の入った風貌をしていて、箱との締まりが悪くなり少し開けづらい蓋を外すと、中身は整理整頓されていない、文字通り雑貨品と呼ぶに相応しい状態となっていました。


「今までと違って、中身がごちゃごちゃしていますけど、こちらの箱は何を入れているのですか?壊れたり、長い間売れなかったりした商品達ですか?」


「いえ、こちらの箱に入っているのは全て私の私物です。倉庫内の整理もここまで進めちゃったので、家から詰め込んだままだったこの辺の物も、一度仕分けて置こうかなと思いまして。……整理したいのは完全に私個人の我儘なので、サテラさんに手伝って貰うのも申し訳ないですし、サテラさんは休憩して貰っていて構いませんよ。」


 ノルンさんはにこりと笑いながら、私に向かって言いました。


「ふふ、でしたらお言葉に甘えて少しだけ休ませていただきますね。」


 そう言って、私は、近くに置いてあった整理済みの木箱の上に腰掛け、ノルンさんが整理する様子を眺め始め、その間にも既にノルンさんは、中の物を取り出し始めていました。


 中からは、家族写真が入っているだろう写真立てやアルバムなどから、ノルンさんが小さい頃に遊んでいたのだろうか、可愛らしいぬいぐるみまで、様々な思い出の品が詰められており、ノルンさんは、そのどれもこれもとても懐かしそうに眺めています。


 箱の整理中、ふと、下側にある大きな本をノルンさんが取り出したときに、コロンと私の方へ小さな物が転がってきました。


 それをノルンさんの方へ戻そうと持ち上げるときに、私は思わず「あっ」と声を出してしまいます。


 私の手には十年前にミレア建国三百年を祝して作られた、ミレア大教会を簡易的に模ったパステルカラーの陶器の置物が握られていました。


「懐かしいですね。当時の私はこれをすごく欲しがって、師匠に買ってくれと駄々を捏ねたのですが、結構なお値段だったので、師匠の顔が青ざめていたのを覚えています。」


 そう言って、私は置物の方をそっとノルンさんの方へと渡します。 


 ノルンさんは手渡された置物を見て少し驚いた後、すぐに柔らかな笑みを浮かべて、


「ありがとうございます。ふふ、サテラさんもそのような頃があったのですね。私も似たようなもので、親の方に買ってくれと駄々を捏ねましたね。どうしてもおばあちゃんにプレゼントしたくて。」


「今渡したものが、そのときにお婆様の方に上げられたものですかね? 私と似ているなんてとんでもない、とても素敵な理由で買って貰っているじゃないですか。」


「いえいえ、当時の自分としてもプレゼントというよりは、おばあちゃんがお店でやっていることを真似したかっただけです。プレゼントした後おばあちゃんに、どうしてお金をくれないのかと泣きついてしまい、結局は拗ねて渡さず自分で持っていってしまいました。」


 ふふ、とノルンさんは口に手を当てながら軽く笑う。


「これを見るまでそんな事があったなんて思い出すこともありませんでしたが、……懐かしいですね。」 


 ノルンさんは手にもった置物を、ぎゅっと愛おしそうに両手で包み込みます。


「ノルンさん、これが鍵かどうか試してみませんか?」


 私の突然の提案にノルンさんはびっくりしたのか、ピタリと固まってしまいました。


「驚かせてしまいすみません。ただ、ノルンさんにとっても大事そうな物ですし、鍵の可能性がある以上、試すだけ試しても良いのではと思いまして。」


 と、続けて強くノルンさんに薦めました。


 ノルンさんは少し考えた後、


「そうですね、試してみたいです。」


 そう言ってスクッとその場から立つと、早足で遺物の方へ向かっていきます。


 私は何故だか分からないがこれが鍵なのだと不思議な確信があり、ノルンさんに置いてかれないようにすぐに後へ付いていきます。


 私が遺物に付くまで、ノルンさんは鍵かどうか試すのを待っていてくれていました。ノルンさんの方を見ると、その表情からとても緊張している様子が感じられました。 


「サテラさん、背中を押してくれてありがとうございます。どうしても、また鍵じゃなかったらどうしようかと、私だけでは絶対に試す前から諦めていましたが、サテラさんが薦めてくれるおかげで私も試してみる勇気が湧いてきました。」


 ノルンさんの、置物を持っている両手に少しだけ力が入ります。


「ふふ、もし、鍵として違ったとしても残っている思い出事態は本物ですし、見つかるまでは何日でも付き合いますよ。」


 私は、そんなノルンさんの緊張を和らげるように冗談交じりで話しかけます。


「本当にありがとうございます。サテラさん。」


 そう言うと、ノルンさんは持っていた置物を遺物の上に触れさせました。


 今までと違い、ずっと求めていたようなカチリと鍵の空いた音が鳴ります。


 私達が喜ぼうとした束の間に、遺物の蓋は一人で開き始めていました。


 完全に蓋が開くと、瞬間的に目映い光が倉庫内を包み、思わず私達二人ともに眼を瞑ってしまいます。


 再び眼を開け、ぼんやりとした視界が晴れていくと、私達の目の前に一人の老婆がいるのに気がつきます。


 老婆の髪は白髪で、皺の多い顔だが、どこか、ノルンさんの面影があります。


 私も知っていた人物、今は亡き先代のノルン商店店主、【フォズ・アーティチュード・ノルン】が私達の目の前に立っていました。

「久しぶりだね……フィル。ヒントも少ないのに、よく鍵があの置物だって解ったじゃないか。」


 驚いて、声を出せない私達を置いて、先代店主のフォズさんは勝手に話し始めました。


「それとも、二人で探し回ってどうにか見つけたのかい?」


 フォズさんは、整理途中となっていた棚や箱に向かって目を光らせた後、私の方へと顔の向きを変えると、


「まー、事情はともかく、うちの孫娘が世話になったようだね。………グーデルトんとこのだろう? 名前は知らないが、とにかく礼を言わせて貰うよ。」


 と、私に向かって軽く会釈をしてきます。


 私は、まだ、フォズさんが立って、話していることへの衝撃が飲み込み切れず、その言葉に対してどうにか、 


「サテラ、ただのサテラです。」


 と、自分の名前を言うので精一杯でした。


 私の目の前に映るフォズさんは、以前、師匠と管理した、決められた過去の記録を空中に光で投影させるような遺物とは異なり、まるで生前の状態、それこそフォズさんが死者の国から甦ったように感じさせました。


 私が動けない中、隣にいたノルンさんは、


「おばあちゃん!!」


 と叫んで、フォズさんの方へ抱きつこうとします。


 フォズさんは、それに対して手を前に出して静止するようにとジェスチャーを出して、代わりに、出した手をそのままノルンさんの手首の方へと伸ばします。 


 すると、伸ばされたフォズさんの手はまるで、霧のようにノルンさんの手を通り抜けてしまいました。


「こういうことさね。今の私は肉体を持たない、生前の記憶の集合体のようなものさ。……大好きな孫娘をもう一回抱き締めてやれないのは、とても残念だけどね。」


 フォズさんは、ノルンさんに向かって、優しく微笑みかけます。


 ノルンさんの眼頭には涙が溜まり、既に溢れそうでした。


「グーテルトのお嬢さんには、その時店にあった一番質の良い精霊石を用意してもらったけど、それでも、精々私がここに入られるのは一時間もないだろうね。……だから、時間があるうちにさっさとやることやるよ!」


 感動的な出会いを飲み込む暇さえ与えないフォズさんは、まくしたてるように私たちに言うと、呆気に取られる二人の間をするりと抜けて、店内の方へと向かっていきました。 


「ふふ、本当におばあちゃんが帰ってきてくれたようです。」


 ノルンさんは涙を指で拭いながらも、嬉しそうに微笑みながら言います。


「ほら、そこの二人!そんなところに突っ立ってないで早く来ないかい!」


 フォズさんは、倉庫へと続く扉の店側で、パンと手を叩きながら私達の事をギロリと睨んで立っていました。


 その剣幕に圧倒された私は、大急ぎで店内の方へと向かっていきます。その間も、怒られたとういのに、終始ノルンさんは笑顔のままでした。




 店内は先ほどまでの鍵の探索もあって、初めて入った時よりも少しだけ荒れていましたが、それでも尚、全体的には綺麗に整えられ、やはり、ノルンさんのこの店を大事にしたいと思う気持ちが感じられました。


 フォズさんは私達が店内に入るやいなや、店内全体を、じっと隅々まで舐めるように観察していました。


 さすがのノルンさんも少しだけ緊張しているのか、その様子を固唾を飲んで見つめています。


「変わってないね、私の店のまんまだ。」


 ぽつりと、フォズさんは懐かしそうにそう言った後、すぐにノルンさんの方へと向き、


「でも、こ(・)れ(・)じ(・)ゃ(・)駄(・)目(・)だ(・)ね(・)、フィル。ここは、もう私の店じゃない、あんたの店なんだから。」


 と、厳しい言葉を投げ掛け、それを聞いたノルンさんは俯いてしまいます。


「あんたには才能があるのに、その臆病な性格のせいで、毎回自分のやりたいことから 一歩引いてしまう。それじゃあ駄目だよフィル、自信を持ちな‼ 自分の選んだ商品で溢れたこの店はきっと、ミレア一のお店であると、そう思うくらいでいいんだよ。」


 フォズさんは、ドンと音が聞こえて来るように強く自分の胸を叩くジェスチャーをしながら、ノルンさんへと鼓舞をします。


「それに、私には出来なかったけど、フィルだったら思うだけじゃなく、本当にそうなれると私(・)は(・)信(・)じ(・)て(・)い(・)る(・)。」


 そして、ふぅ、とフォズさんが一息付いて


「言えて良かった。店をフィルが継ぎたいと言っていると、娘に聞いた時には既に私の身体はあんまり自由が聞かなかったからね。あんたの家に行ってこういうことを直接言ってあげることなんて出来なかった。」


 ノルンさんは俯いていた顔を上げて、驚きを隠せないように口に手を当てます。


「あんたのことを心配しているのは、私だけじゃないんだよ。」


「両親だって、口では反対しているかもしれないけど、私がもう長くないから、店を売りに出そうとした時にそれを止めたのは、あんたのお母さんだよ。フィルが継ぐから、商店を残して置いてくれ……って、そのおかげでこの店を残すことと遺物の作成を頼めたんだ。」


 フォズさんが、また涙ぐんでいるノルンさんの方へと近づき、肩へと手を伸ばします。


「だからね。この店もこの願いもフィルだけのものじゃないんだよ。それを肝に銘じて頑張りなさい。」


 肩には触(・)れ(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)はずのフォズさんの手が、本当に今熱く力を込めながら触っているように私には感じられました。


 そんな、厳しくもとても暖かなフォズさんからの言葉に、今度は涙声で顔を上げられないままのノルンさんが返事を返します。


 対するフォズさんの目尻にも、少しだけ水滴が見え、そのまま子供の頃に戻ったように声を上げて泣くノルンさんを、フォズさんは優しく見もっているのでした。





 ノルンさんの嗚咽が小さくなった頃、フォズさんは、両手をパンと叩き、


「さて、改めて言うけど、あまり時間はないからね。早く店の模様替えを始めるよ。」


「サテラも、最後まで申し訳ないけど手伝って貰うよ。」


 と、微笑みながら私達に話しかけます。


 私は、その頼みをフォズさんに二つ返事で了承します。


 ノルンさんに至っては、返事をすると同時にもう既に倉庫の方へと向かっていき、今度は、私とフォズさんがノルンさんを追いかける形で倉庫のドアへと向かっていきました。


 既に中では先ほど整理した箱の中身を、ノルンさんが丁寧に素早く取り出し、追いついたフォズさんが、効果的に客に商品を取って貰えるような品物の置く場所や組み合わせる品物の良し悪しを教えていました。


 せっかく整理整頓したものが、崩れているというのにノルンさんはそんなことも気にせずに、とても楽しそうに作業をしています。


 私は、二人から指示されたものを店内に配置する手伝いをしながらも、そんな様子を見て、この光景がずっと続けば良いのにと願わずにはいられません。


 そして、作業を始めてから三十分程が経った後に店の模様替えが完了し、初めの懐かしいような静かな雰囲気とは正反対の新たな始まりを感じさせる明るく華やかな場所になりました。


 中央部分の一番目立つ場所には、先ほどまで隅っこに置かれていた、唯一ノルンさんが店に並べていたアクセサリー類が陳列されており、窓からのぞき込む西日を受け、キラキラと自信に満ちた様子で輝いていました。そんな店内の様子を改めて見たノルンさんと私は感嘆で息を飲みます。


「さて、ここからあんたの店が始まっていくんだ。気張りなよ、フィル。」


 私達の後ろからかけられたフォズさんの激励に答えるよう、ノルンさんがその方向へ向き直り、私もそれに続きます。


 振り返る先、フォズさんの身体は光の粒を出しながら徐々に半透明に透けるところでした。


 この奇跡のような時間に終わりが来ているのだと、私は直感します。


 それは、ノルンさんも同じだったようで、フォズさんの近くへと急いで向かいました。


「どうやら、時間が来てしまったようだね。グーテルトには、感謝の言葉を伝えておいておくれ、久しぶりに孫と話せて楽しかった……って、頼んだよ、サテラ。」


「はい、もちろん。師匠も喜ぶと思います。」


 私はキラキラと光を出しながら消えていくフォズさんに微笑みながら返事をします。


「おばあちゃん‼」


 ノルンさんは叫びながら咄嗟にフォズさんへ向かって手を伸ばそうとしますが、その手はただ宙を空振りました。


 そんなノルンさんの呼ぶ声に対してフォズさんはにっこりと微笑み返して、


「フィル、これからのあんたの人生、辛いこと、逃げ出したくなるようなことがたくさん訪れるかもしれないけど、諦めずに頑張って、そのどれもが最後には笑い話になるくらいにして、人生を楽しみなさい。そして、たくさんの友人を造って、一人じゃ突破出来ないような困難にあっても相談して、乗り換えていけるようにしなさい。」


 そう、最後のアドバイスをします。


 ノルンさんは前に出した手を胸の前に戻すと、そのまま顔を下に向けて大粒の涙を流してしまいます。そんなノルンさんの様子を見て、


「ふふ、相変わらずフィルは泣き虫だね。ほら、それじゃ最後なのにに可愛い孫の顔が見えないよ、フィル。」


 と、冗談半分に話しました。


 フォズさんのその言葉を聞いて、ノルンさんは泣き腫らして赤くなった目元を拭い、一息付いてからどうにか顔を上げて正面を向きます。そして、


「おばあちゃん、私頑張るから。この店をミ(・)レ(・)ア(・)一(・)の(・)お(・)店(・)に(・)な(・)る(・)よ(・)う(・)にしていくから!」


 そう、力強く宣言しました。


「今日だけで強くなったね。フィルのその様子が見られて私も安心したよ。」


 ニコリと笑いながら話すフォズさんから出る光の粒子の量がどんどん多くなります。


「頑張りなよ、フィル!あんたなら、絶対出来るよ。なんていったって私の孫なんだから。」


 最後にそう言い残すと、フォズさんの身体は一気に消えてしまい、そこには、初めから誰もいなかったような広い空間に一つだけ、透明で少し青白い色をした手のひらサイズの水晶のようなものが、床に転がるだけでした。

私は顔を手で覆ってしまったノルンさんの肩を擦り続けます。


 フォズさんがいなくなってシーンとしてしまった店内には、静かにすすり泣く声だけが響いています。


 数分後落ちついたノルンさんが顔を上げました。


「今日はたくさん見苦しい所を見せてしまってすみませんでした。サテラさん達のおかげで、おばあちゃんと最後に話すことが出来ました。本当にありがとうございます。」


 そう言うとノルンさんは初めてあった時のように、深々としたお辞儀をします。


 ただその顔は、初めの頃のような緊張して自信のない様子などではなく、フォズさんのような力強くも優しい自信に満ち溢れた表情をしていました。


「いえいえ、遺物を作ったのは師匠ですし、鍵を見つけたのもノルンさんですし、私の方は何も感謝されるようなことは出来ていませんよ。」


 私は、ノルンさんの良い変化を嬉しく思いつつ、照れ隠しでそんな返事をしました。


「いいえ、そんなことはありません。サテラさんが付いていなければ、私はおばあちゃんの遺物を開けること自体を絶対に途中で諦めていたと思います。……本当にありがとうございました。依頼を出しにいったのがグーテルト遺物専門店で良かったです。」


 ノルンさんはとびきりの笑顔でそう言ってくれました。


「私の方こそ、ありがとうございました。初めての単独で行う今回の依頼が、ノルンさんのもので良かったです。」


 私がお礼を言うと、ノルンさんは不安そうな表情をして、恥ずかしそうに指をもじもじとさせていました。


「どうしましたノルンさん?」


 私がさっきまでの表情との変化に戸惑い、そう質問をすると、ノルンさんは、


「あの…、サテラさん。一つだけお願いしても良いですか?」 


 そう言って、そのまま一息だけ呼吸を整えると、


「わ…私と友(・)達(・)になってくれませんか!」


 そう私に向かって叫びました。


 ノルンさんの手は緊張からか、ぷるぷると小刻みに震えています。


 私はそれに対して、当然のことかのように、


「もちろん、むしろ初めから友達だと思っていましたよ。」


 と、満面の笑みで返すと、ノルンさんの顔をまっすぐと見つめ、今度は私の方からノルンさんの方へと右手を差し出します。


 その手に気が付いたノルンさんも、答えるように急いで右手を差し出してくれて、そして二人で固く握手を結びました。


「サテラさん!ありがとうございます。」


 ノルンさんの顔はパアッーと明るい感じに戻り、握手の間も嬉しそうに笑ってくれます。


「ふふ、友達でしたら、『さん』付けは要らないですよ。」


「サテラさ…いえ、サテラ‼でしたら、私の方も名前で呼んでください。」


「ええ、もちろん、フィル。」


 お互いに名前を呼び合って、そのまま向かい合った二人でまたしても笑い合います。先ほどまで静かだった店内に、また賑やかさが帰って来たのでした。







「と、そんな感じで依頼の方は完了しました。いかがでしたか、師匠。」


 師匠は、時々夕食を食べる手を止めながら私の話を聞いてくれていました。


 結局、あの後は日が完全に落ちきるまでフィルとの会話を続けてしまい、部屋が照明を付けなければいけないところまで暗くなってから、やっと、時間がそんなに経っていたことに気がつきました。


 フィルは、もっと私と話していたそうでしたが、明日のプレオープンのことや師匠も報告を待っているだろうということで渋々切り上げて、私は帰路に着きました。


 店に帰るのが遅くなってしまった私を出向かえてくれたのは、美味しそうな匂いを漂わせた暖かな食事でした。


「それにしても珍しいですね、師匠が夕御飯を作ってくれるなんて」


 私は既に半分程食べてしまった食事を見回しながら改めて言います。


 ふわふわの白パンと、高めの屋台で買ったのか、いつもよりも燻製味の強い厚切りのベーコン、そして師匠が昔から祝(・)い(・)事(・)の(・)際(・)に作ってくれる優しい味の野菜スープが、ずらりとテーブルの上に並ばれていました。


「まあ、今日はサテラが頑張ってくれたからね。そのお祝いだよ。」


 そう言って師匠は、私に微笑みかけてくれます。


 私は、口角を上げそうになったことをバレないように、サッと下を向いて、


「ありがとうございます。」


 と、照れながらも師匠にお礼を言います。


 話せるときに言葉を紡いでおくことの大切さは、今日の依頼で学んだことだったので、これからは、恥ずかしいがこういうときなどには素直にお礼を言うことにしようと、私は心の中で静かに誓います。


 そんな私の様子を見て、再度師匠は満足そうに笑いました。


「サテラの話を聞いて安心したよ。フォズさんに渡したものは成功する確証が無かったし、失敗する可能性の方が高いことも造る前から説明してたんだけど『それでもいいから‼』って押しきられちゃってね。」


 師匠は、思い出すように話した後、一呼吸置いて


「上手くいかなかったら依頼料は返そうと思ってたんだけど、その必要も無いみたいだからね。」


 と、そのままニヤリと意地汚い笑みを浮かべながら話しかけてきます。


 私はスープに口を付けながら、師匠の話を聞いていましたが、その、いつも通りの師匠に戻った様子を見て、つい先ほどまでは感じていた、感動と尊敬の念が冷めてしまうのでした。


 その後は、特に何もないまま師匠との他愛話を楽しみながら食べていましたが、器の料理も無くなり、そろそろ夕飯が終わりに近づいた頃(今日の当番は師匠であったが、料理を作ってくれたので代わりに)、私が、勝手に皿洗いをしてくれる箱の遺物の準備をしていると、師匠は突然椅子から立ち上がり、


「そうだ、ついでにサテラに渡して置こうと思ってたものがあったんだ。」


 と言ってそのまま、店のカウンターの方へ走っていき、五分程経った後、私がちょうど遺物の準備を終わらせたタイミングで、師匠が四角いものを小脇に抱えダイニングの方へと帰ってきました。


「これ、渡しそびれてたから、今渡すね。」


 そう言って師匠は、私の手に木箱を渡してきます。


 その木箱は、オルゴールのような大きさで……というよりも、ついさっきノルン商店で見たもので、


「師匠、これって……」


「精霊の贈り物。フォズさんが渡してくれた精霊石は二つあったから、成功しなかった時の予備として私の所に残しておいたんだけど、もう必要無いみたいだからサテラにあげる。」


 と、私に精霊の贈り物を渡してきました。


「サテラ用の調整はさっきしておいたから、まあ私がいる以上必要になることはないと思うけどね!」


 師匠は腰に手を当てて自慢気そうにします。


「ありがとうございます。」


 そんな師匠に私は淡々とお礼を告げてすぐに食事に戻ります。


 私の悪い癖は簡単に治りそうにはありませんが、テーブルの上に置いた精霊の贈り物を見ながら、自室にある本棚の中に置いておくスペースを、どうにか造らなければな、などと考えながら再度スープを一口掬って飲みます。


 美味しいスープのせいで、どうしても私の口角は上がってしまうのでした。







 三百年の歴史を持つ古都ミレアに新しい店がオープンします。


 その日の天気は雲一つない快晴で、まるで新しく仲間となるものを祝福しているようでした。


 開店した店の名前は、


『ノルン商店』


 若い二代目店主の接客はまだ、完璧とは言えませんが、先代のように店に訪れる一人一人に真摯に向き合い、その人が欲しかったものを必ず見つけてくれる、と町中で話題になっています。


 そんな彼女の店がミレア一の店舗になっていくのは、少しだけ先の話先(・)の(・)話(・)となっていました。



作者の白川梓です。まずは、今回私の作品を読んでくれてありがとうございました!!


初めて作品を書いたので、読みづらい所や表現が分かりづらい所が多々あると思うので、どうか皆さんの頭の中で補完しつつ、そういった場面がありましたら、どこなのかコメントなどで教えてください。また、応援コメントなどもモチベーションに繋がるので、どしどし、感想や意見の程お願いします。


働きながら趣味として小説を書いているのと、話が完成してから投稿したいので、投稿間隔に関してはかなり空く可能性があります、ご了承ください。


『グーデルト遺物専門店』については、まだまだ、書きたいと思います。これからもサテラの活躍を楽しみにしていてください!!


次回の投稿については年末までに出来る事を目標にしています(まだ、書いていないので、休みを失くして頑張ります)。気長に待っていてくれるとありがたいです。


以上、最後になりますが、改めて白川梓の作品を読んでくれてありがとうございました。

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