戦略婚
父が私に深々と頭を下げながら、こう切り出した。
「どうかこの結婚に同意してくれないか。……本当にすまない」
うちは家族ぐるみで小さな会社を経営しているが、業績はお世辞にも良いとはいえない。というより正直厳しい。そんな時、取引のある大企業がその社長の息子と私との結婚を条件に支援を申し出たのだ。
大企業であることを笠に着た態度は気に入らないが、うちの従業員たちの生活を考えると簡単に無下にはできない。事実上選択肢はないのだと察した私は渋々ながらうなずいた。
ところが話はそれだけでは済まなかった。
「実は、その、もう一つ条件があってだな……」
父が何やら言いにくそうに言葉を濁す。この上まだ条件があるというのか。ただでさえ頭に来ていた私が思わず強い言葉で先を促すと、父は恐る恐るといった様子でこんなことを口にした。
「それが……結婚しても、愛人の存在を黙認してほしい、と……」
我慢強い方だと自負している私でも、怒りで一瞬目の前が真っ暗になってしまう。
「いや、さすがに父さんもそれはどうかと言ったんだが、先方がどうしてもとしつこくてな。やっぱり断って――」
「いいわ。その条件でお受けします。確かに向こうの言い分は無茶苦茶だけど、その分しっかりうちの会社を助けてくれるよう話をつけるわ」
ここまでコケにされたからには、貰うものを貰わなければ割に合わない。ただ問題があるとすれば、なぜ私が選ばれたのかがわからないことだ。今まで相手に会ったことはないし、そうでなくても私は目立つ方じゃない。そもそも私に少しでも気があるのなら、結婚前に愛人云々などという話にはならないだろう。
その愛人と結婚しないのは大企業の次期社長夫人として差しさわりのある経歴でも持っているのだろう。でもそれだけを武器にあまり強く出て、やっぱりやめたと言われたら今度はうちの会社が救われない。なんとか私が選ばれた理由だけでもわかればいいのだけど……。
そして後日。まずは二人だけで顔合わせをと呼ばれた席に出向いてみたら、
「やぁ、初めまして……とは思えないな」
「やだ、本当にあたしそっくり!」
その場に現れたお相手は一人きりではなく、一人の女性を伴っていた。そしてその女性は、私より派手目な服を着て化粧が濃いことを差し引いても、驚くほど私によく似ていた。
なるほど、これなら日頃愛人を連れまわしても、少々羽目を外した妻(つまり私)だと言い張れば醜聞になることはないだろう。ようやく相手方の思惑が分かった。つまり選択肢がないのは向こうだったわけだ。
心理的優位に立った私は、これをネタにどれだけふっかけられるかと早速頭の中で算盤をはじき始めた。




