【第七話】 『希望という名の勘違い』
翌日。
朝から――嫌な予感しかしない。
(……来る)
教室に入る前から、分かる。
何かが起きる。
昨日の流れからして――
絶対に、何も起きないはずがない。
扉を開ける。
一瞬で、視線が集まる。
そして――
「……アリア様!」
(来たあああああああああああ!!)
振り返るまでもない。
この声。
このタイミング。
この“距離感の近さ”。
ルナが、一直線にこちらへ向かってくる。
(なんで!?なんで来るの!?)
(普通逆でしょ!?ヒロインって追われる側でしょ!?)
「おはようございます!」
満面の笑み。
キラキラしてる。
眩しい。
無理。
(無理無理無理無理!!)
(近い近い近い!!)
「昨日のこと、本当にありがとうございました!」
(いやそれ昨日も聞いた!!)
(イベント終わってる!!二回目いらない!!)
思考がパンクしそうになる。
「その……もしよろしければ……」
少しだけ、もじもじと。
(やめて)
(それ以上言わないで)
(フラグ立つ)
「また、お話してもいいですか……?」
(立ったあああああああああああ!!)
顔を逸らす。
直視できない。
(どうするどうするどうする!?)
(断る?いや無理、悪役ムーブになる)
(受ける?いやそれルート固定される!!)
口が開く。
勝手に。
「……好きにすればいいわ」
(雑!!)
(対応が雑すぎる!!)
でも。
ルナの顔が、ぱあっと明るくなる。
「はいっ!」
(なんで成功してるのよ……!!)
周囲の空気が、ざわつく。
「え……?」
「アリア様が……?」
「平民と……?」
(やばい)
(また変な方向に評価が動いてる)
「アリア様って……意外と優しい……?」
(やめてその評価!!)
(それ一番ダメなやつ!!)
机に突っ伏したくなるのを我慢する。
(もう嫌……帰りたい……)
そして授業中。
ちらっ。
(見るな)
ちらっ。
(だから見るなって!!)
横を見ると、ルナがこちらを見ている。
目が合うと、慌てて逸らす。
でもまた見る。
(何この生き物……)
(小動物……?)
意味が分からない。
ただ、落ち着かない。
(これがヒロイン……?)
(バグってない……?)
そして、昼休み。
突然、教室の扉が開く。
「アリア・アストレリア」
空気が張り詰める。
(……この声)
振り向く。
そこにいたのは――
ある一人の王子。
(……来た)
これは知っている。
何度も見たイベント。
婚約者による――
一方的な婚約破棄宣言。
「私は、お前との婚約を破棄する」
ざわめき。
衝撃。
視線。
(……これこれこれ!!)
心の中で、思わず叫ぶ。
(これよ!!)
(これが本来の流れ!!)
やっと。
やっと――
(戻った……!!)
安堵が、込み上げる。
「理由は明白だ」
「私は――彼女を選ぶ」
視線の先。
そこにいたのは――
(……え?)
昨日の少女。
あの“セリフを奪った”令嬢。
(は?)
思考が、止まる。
(いやいやいやいや)
(違う違う違う)
本来なら――
そこに立つのはルナのはず。
なのに。
別の少女が、少し頬を染めて立っている。
(……なんで)
空気が、歪む。
(戻ってない)
理解する。
ゆっくりと。
確実に。
(これ……)
(“似てるだけ”で、全然違う……!!)
さっきまでの安堵が、崩れる。
(希望じゃない)
(これ……)
喉が、乾く。
(ただの、勘違い……!!)
ルナの方を見る。
彼女は――
少しだけ、不安そうにこちらを見ていた。
(そりゃそうよね)
(あなた関係ないもの、このイベント……)
でも、それが逆に。
(完全にズレてる証拠じゃない……)
視線を落とす。
(……終わってる)
小さく、息を吐く。
婚約破棄は、確かに起きた。
けれど――
それはもう。
“知っている未来”ではない。
(……戻らない)
どれだけ望んでも。
(この世界は、もう)
静かに、目を閉じる。
(別の物語になってる……)
そしてその物語は――
誰にも予測できない方向へと、進んでいく。




