【第六話】 『崩れ始めた前提』
夜。
部屋に戻っても、落ち着かない。
静かなはずの空間が、やけにうるさい。
それは――
自分の思考のせいだった。
(……おかしい)
ベッドに座りながら、頭を抱える。
今日の出来事が、何度も再生される。
放課後のイベント。
ズレた台本。
ラフリの介入。
そして――
(……なんで、私が言ってるのよ)
あの言葉。
ヒロイン専用のセリフ。
好感度を大きく上げる、重要な鍵。
(普通なら)
(あれはルナが言うはずだった)
なのに。
現実では――
私が言った。
(しかも……)
胸が、ざわつく。
(あの子の反応……)
思い出す。
頬を染めるルナ。
揺れる瞳。
柔らかな声。
(……あれって)
(どう見ても……)
顔を覆う。
(好感度上がってるじゃない……!!)
沈黙。
「……は?」
思わず声が漏れる。
(いや待って待って待って)
(おかしいでしょこれ!!)
頭の中で、必死に整理する。
・ヒロインイベント → 発生した
・でもヒロインじゃない人がセリフを言った
・さらにヒロインが別方向に反応した
(……つまり)
(ルートが……壊れてる?)
その可能性にたどり着いた瞬間。
背筋が冷える。
(そんなの……聞いてない)
(ゲームにそんな仕様なかった)
呼吸が浅くなる。
(じゃあ……これから先は?)
・どの選択肢が正解?
・どの行動が危険?
・バッドエンドはどうなる?
(分からない……)
今まであった“指針”が消える。
それはつまり――
(全部、手探り……?)
恐怖が、じわじわと広がる。
(無理……無理無理無理……)
(こんなの、どうやって回避するのよ……!)
枕に顔を押し付ける。
(せめて……)
(せめて、ゲーム通りなら……)
その時。
ふと、ある存在が頭をよぎる。
ラフリ・アステリオン。
(……あいつ)
思い出す。
あの視線。
あのタイミング。
あの言葉。
「礼は必要ない」
「礼を言うなら――あちらに」
(……明らかにおかしいでしょ)
偶然?
そんなはずがない。
(タイミングが良すぎる)
(まるで……)
喉が、わずかに震える。
(全部分かってるみたいに……)
沈黙。
(……あり得ない)
首を振る。
否定する。
(そんなの……)
(私と同じじゃないと無理でしょ)
その考えに至った瞬間。
思考が、止まる。
(……え)
静寂。
(……いや)
(ないないない)
(そんな都合いいこと――)
心臓が、うるさい。
(でも……もし)
もしも。
本当に。
(あいつも……)
(“知ってる側”だったら?)
ぞくり、と背筋が震える。
(……最悪)
それは安心じゃない。
むしろ――
(制御できない要素が一つ増えるってことじゃない……!!)
頭を抱える。
(しかも……)
ルナの顔が浮かぶ。
(ヒロインの好感度が私に来るとか……)
沈黙。
(……詰んでない?)
ベッドに倒れ込む。
(バッドエンド回避どころか)
(未知のルート突入してるんだけど……)
天井を見つめる。
(……どうする)
答えは、出ない。
夜は、深くなる。
けれど。
思考は止まらない。
(……もう)
ゲームじゃない。
(でも)
それでも。
(生き残るしかない)
ゆっくりと、目を閉じる。
(明日から……もっと慎重に動く)
その決意の裏で――
運命はさらに、歪んでいく。
そして。
誰も知らないまま。
“本来存在しないルート”が――
静かに、動き始めていた。




