表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/44

【第五話】 『ずれた台本』

放課後。

静かに、学園の空気が変わる時間。

昼間の喧騒が嘘のように消え、

残るのは――

“イベントが起こる時間”。

(……確か、この時間)

一人で歩きながら、記憶を辿る。

放課後。

人気のない場所。

そして――

ヒロインが、攻略対象と出会う。

(最初の好感度イベント)

(ここで関係が始まる……はず)

木陰の先。

人影が見える。

(いた……!)

息を潜める。

視線だけで、様子を追う。

そこには――

一人の令嬢と、王子の姿。

(あれは……)

確かに、イベントの構図。

距離。

立ち位置。

空気。

すべてが一致している。

そして――

令嬢が口を開く。

「……私、まだ未熟ですが」

「それでも……努力して、追いつきたいんです」

(……え?)

思考が、止まる。

(今の……セリフ……)

(それ……ヒロインの……)

違う。

そこにいるのは――

ルナじゃない。

(なんで……?)

(どうして別の子が言ってるの!?)

心臓が、不規則に跳ねる。

何かが、おかしい。

明確に。

(イベントが……ズレてる……?)

見てはいけないものを見たような感覚。

背筋に、冷たいものが走る。

(……一度戻ろう)

(ここは危険)

踵を返す。

静かに、その場を離れる。

廊下へ戻る途中――

聞こえた。

「ちょっと、あなた」

「いい気になってるんじゃない?」

(……この声)

足が止まる。

角の向こう。

数人の令嬢たち。

そして――

一人の少女。

淡い髪。

不安げな瞳。

小さく縮こまる姿。

(……ルナ)

「平民のくせに」

「この学園にいること自体がおかしいのよ」

胸が、ざわつく。

(……これもイベント)

(ヒロインいじめイベント)

(ここで誰かが助けて――)

一歩、踏み出す。

(今なら……まだ間に合う)

(関わらない方がいい……でも……)

その瞬間。

「――そこまでにしろ」

低く、静かな声。

空気が凍る。

(……っ)

視線が、自然と向く。

そこにいたのは――

ラフリ・アステリオン。

令嬢たちが、息を呑む。

誰も、逆らえない。

ただ一言で、場が支配される。

「ここは学びの場だ」

「無意味な争いをする場所ではない」

静かに。

けれど、絶対的に。

令嬢たちは何も言えず、その場を去っていく。

残されたのは――

ルナと、ラフリ。

そして――

少し離れた場所にいる、私。

(……終わった)

(これでイベントは――)

そう思った、その時。

ラフリが、わずかにこちらを見る。

(……え?)

そして、ルナに向かって言った。

「礼は必要ない」

一瞬の間。

「礼を言うなら――あちらに」

彼の指が、示す。

(……え)

それは――

私だった。

心臓が止まりそうになる。

(ちょっと待って……何してるの!?)

(なんで私!?)

(いやいやいや、意味わかんない!!)

ルナが、こちらを見る。

戸惑いながら。

けれど、確かに歩み寄ってくる。

(来るな来るな来るな……!!)

逃げ場は、ない。

「……あの」

小さな声。

「助けてくださって……ありがとうございました」

(違う!!私じゃない!!)

(助けたのはラフリでしょ!?)

(なんで私が!?)

頭の中が、混乱する。

(でも……ここで否定したら……)

(流れがおかしくなる……)

言葉を探す。

焦る。

思考が絡まる。

そして――

口が、勝手に動いた。

「……あなたは」

(やばい、何言うの私!?)

「ここに来たのは、ただの才能だけじゃないわ」

止まらない。

「努力して、ここまで来たのでしょう?」

(……あ)

言った瞬間、気づく。

(それ……)

(それ、ダメなやつ……!!)

それは――

ゲームの中で。

ヒロインの心を掴む“鍵のセリフ”。

(なんで私が言ってるのよ……!!)

沈黙。

ルナの顔が、ゆっくりと赤くなる。

「……っ」

小さく、息を呑む。

その瞳が、揺れる。

不安でも、恐怖でもない。

別の感情。

(……え)

見つめられる。

まっすぐに。

(ちょっと待って)

(なんでそんな顔してるの)

「……はい」

小さく、でもはっきりと。

「……ありがとうございます」

その声は、さっきよりもずっと柔らかかった。

そして――

ほんの少しだけ。

嬉しそうに、笑った。

廊下に、静けさが戻る。

(……やった)

(いや、やってない)

(これ絶対ダメなやつ……!!)

何かが、完全にズレている。

イベントは崩れ。

セリフは奪われ。

そして――

(ヒロインの好感度……)

(……私に来てない?)

理解した瞬間。

背筋が、凍る。

少し離れた場所で。

ラフリ・アステリオンが、静かに立っていた。

まるで――

すべてを分かっていたかのように。

運命はもう――

元には戻らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ