【第四話】 『静かな反撃』
貴族としての在り方を学ぶ授業。
それは、優雅さと品位を求められる――
“仮面の時間”。
アストラリス学園、第一講義室。
すべての視線が集まる場所。
そして――
最も破滅が起こりやすい場所でもある。
教室に入った瞬間、空気が重い。
視線。
囁き。
冷たい沈黙。
(……来る)
嫌な予感が、胸を締め付ける。
これは、知っている空気。
ゲームで何度も見た――
イベント発生前の空気。
(どのイベント……?早く思い出して…!)
席に座る。
呼吸が浅くなる。
指先が、わずかに震える。
(落ち着いて……落ち着いて、私)
「……失礼いたしますわ」
一人の令嬢が立ち上がる。
その瞬間――
(……来た!!)
心臓が強く跳ねる。
「大切なブローチが見当たりませんの」
ざわめきが広がる。
「最後に見たのは――」
一瞬の間。
そして。
「アリア様の近くでしたわ」
静寂。
視線が、一斉に突き刺さる。
(最悪……このイベント!!)
思い出した。
これは――
“窃盗冤罪イベント”
(なんで初日から!?タイミング早すぎでしょ!!)
ざわざわと広がる声。
「やっぱり……」
「噂通りね」
「怖いわ……」
(違う……!私はやってない……!!)
叫びたい。
否定したい。
でも――
(ダメ)
(ここで感情的になったら終わる)
脳裏に、ゲームの記憶が蘇る。
怒るアリア。
言い返すアリア。
結果――孤立。
破滅。
(同じことはしない)
(絶対に)
ゆっくりと、息を吐く。
そして――顔を上げる。
「……そうですか」
静かな声。
教室が一瞬、止まる。
(怖い怖い怖い怖い……!)
(無理無理無理、これ無理でしょ!?)
(全員敵なんだけど!?)
心の中では、叫びが止まらない。
それでも。
表情は、崩さない。
(考えて……このイベントの“勝ち方”)
(確か……ゲームでは――)
――“反論してはいけない”
――“証明しようとしても失敗する”
(じゃあ……どうする?)
一瞬。
閃きが走る。
「では――皆様で確認いたしましょう」
教室がざわめく。
予想外の言葉。
(よし……第一段階成功)
(“否定しない”ことで、流れを止める)
「ただし」
静かに、言葉を重ねる。
(ここからが本番……)
(失敗したら終わり……!)
「公平性を保つために」
「この場にいる全員を対象に、確認するのがよろしいかと」
沈黙。
一瞬で、空気が変わる。
(……かかった)
犯人は、“私だけ”を疑う前提で動いている。
だから――
全員対象になると困る。
視線が揺れる。
空気が歪む。
誰かが、息を呑む。
(誰……?どこ……?)
(お願い……ボロ出して……!)
その時。
一人の令嬢の手が、わずかに震えた。
ほんの一瞬。
けれど――見逃さない。
(……いた)
やがて、確認が始まる。
そして――
見つかった。
ブローチは、別の場所から。
静寂。
そして、ざわめき。
「どういうこと……?」
「アリア様では……?」
私は、何も言わない。
ただ、静かに立っている。
(……助かった)
全身の力が抜けそうになる。
けれど――
まだ終わりじゃない。
(ここで勝ち誇ったら、“いつものアリア”になる)
(だから……何も言わない)
ただ一言。
「……誤解が解けて、何よりですわ」
それだけ。
教室の空気が、変わった。
完全ではない。
それでも――
確実に。
何かが、違ってきている。
少し離れた場所で。
ラフリ・アステリオンが、静かに見ていた。
まるで最初から――
すべてを知っていたかのように。
中庭では。
ルナが、遠くからその出来事を聞いていた。
まだ何も知らないまま。
そして私は――
胸に手を当てる。
(……生き延びた)
けれど。
これはただの始まり。
(次は、もっと難しくなる)
運命は、まだ――
終わっていない。




