第37話『近づく温もりと、見え始めた嫉妬』
決まってしまった。
婚約。
立場。
関係。
すべてが、
一気に。
(……最悪。)
アリアは静かに目を閉じた。
屋敷を出る。
重たい空気から解放される。
だが——
別の意味で、
息が詰まる。
「アリア様!」
駆け寄ってくる足音。
ルナ。
そのまま、
止まらずに——
ぎゅっ。
(……は?)
抱きつかれる。
完全に。
周囲の視線も気にせず。
「よかった……」
小さく、
震える声。
「本当に……」
(ちょ、ちょっと——)
アリアの思考が一瞬止まる。
「離れなさい。」
言葉は冷静。
だが——
少しだけ遅い。
ルナはすぐには離れない。
むしろ、
少しだけ強く抱きしめる。
「嫌です。」
即答。
(即答しないで。)
「離れません。」
(……この子ほんとに。)
だが——
振りほどかない。
振りほどけない。
(……なんで。)
胸の奥が、
少しだけ温かい。
その時。
「……随分と大胆だな。」
低い声。
(来ると思った。)
振り向く。
ラフリ。
数歩離れた場所から、
こちらを見ている。
視線は——
ルナの腕。
そして、
アリアとの距離。
(……あ。)
分かる。
ほんのわずかに。
「……何か問題でも?」
ルナが振り向く。
挑むように。
ラフリの目が細くなる。
「人前だ。」
短く言う。
「立場を考えろ。」
(正論ね。)
だが——
ルナは引かない。
むしろ、
アリアの腕を軽く掴む。
離さないように。
「関係ありません。」
はっきりと言う。
「私は——」
一瞬、言葉を選び——
「アリア様の側にいると決めました。」
(……ルナ。)
その言葉に、
胸がわずかに揺れる。
ラフリは沈黙する。
ほんの一瞬だけ。
そして——
「……そうか。」
短く答える。
だが——
その声は、
少しだけ低い。
(……あれ。)
違和感。
いつもより、
わずかに。
「なら——」
ラフリが一歩近づく。
ルナの前に立つ。
自然に、
間に入る形。
「俺も同じだ。」
(……は?)
「婚約者だ。」
淡々と。
だが——
否定できない事実。
空気が、
一瞬で張り詰める。
ルナの目が鋭くなる。
「形式上、です。」
即座に言い返す。
(早い。)
「それでもだ。」
ラフリは一切揺れない。
「権利はある。」
(うわ……。)
完全に張り合ってる。
空気が、
ピリつく。
(……やめてよ、もう。)
だが——
止めない。
止められない。
むしろ——
どこかで、
見ている自分がいる。
(……最低ね、私。)
その時。
ルナがアリアを見る。
真っ直ぐに。
「アリア様。」
優しく。
さっきとは違う声。
「少し、歩きませんか?」
(……え?)
そのまま、
手を取る。
自然に。
そして——
引く。
ラフリの横を、
通り過ぎるように。
「……行きます。」
(ちょっと——)
だが——
止めない。
止められない。
そのまま歩き出す。
ラフリの横を通る瞬間——
ほんの一瞬、
視線が交わる。
(……あ。)
その目。
わずかに。
ほんのわずかに。
不機嫌。
そして——
“面白くない”。
(……嘘でしょ。)
初めて見る表情。
心が、
ざわつく。
そのまま、
ルナに引かれて歩く。
少し離れた場所。
人気のない庭。
ようやく止まる。
「……ルナ。」
名前を呼ぶ。
ルナは振り向く。
少しだけ息を整えている。
そして——
一歩近づく。
また。
距離が近い。
だが今度は——
さっきとは違う。
静かで。
落ち着いていて。
「……さっきは、すみません。」
小さく言う。
「勝手に……」
言葉が続かない。
アリアは少しだけ目を細める。
「……別にいいわ。」
短く答える。
「助かったし。」
ルナの目がわずかに開く。
「本当ですか?」
(なんでそんな顔するのよ。)
「嘘ついてどうするの。」
少しだけ呆れたように言う。
沈黙。
そして——
ルナが小さく笑う。
柔らかく。
安心したように。
(……その顔。)
少しだけ、
胸が締まる。
「……アリア様。」
また呼ぶ。
今度は——
少しだけ近く。
手が、
そっと触れる。
逃げない。
(……もう。)
諦めたように、
小さく息を吐く。
「好きにしなさい。」
そう言うと——
ルナは、
本当に嬉しそうに笑った。
少し離れた場所。
ラフリは、
一人で立っていた。
何も言わず。
ただ——
二人が去った方向を見る。
沈黙。
長い沈黙。
「……なるほど。」
小さく呟く。
その目は、
静かだった。
だが——
奥には、
確かな感情。
(……面白くない。)
ほんのわずかな、
苛立ち。
そして——
「……面倒なことになったな。」
だがその声は、
どこか楽しそうでもあった。




