第36話『決められた婚約と、踏み込んだ想い』
重い。
空気が、重い。
逃げ場のない空間。
全員の視線が、
アリアに向けられている。
(……来るわね。)
アリアは静かに息を吐いた。
「相手は——」
父の声が続く。
「王家。」
(……は?)
一瞬、
思考が止まる。
「その中でも——」
ゆっくりと、
名前が告げられる。
「蠍座の第一王子、ラフリ殿下だ。」
――沈黙。
(……え?)
理解が、
追いつかない。
(なんで……?)
ゲームの記憶を辿る。
そんなルートは——
(……ない。)
完全に、
外れている。
「異論は認めない。」
父の声が冷たく響く。
「これは家の決定だ。」
(……強引ね。)
だが——
予想通りでもある。
王家との繋がり。
断る理由はない。
……普通なら。
「……分かりました。」
アリアは静かに答える。
反発はしない。
ここで感情を出すのは——
“悪手”。
だが、その瞬間——
――バンッ!!
扉が開く。
全員が振り向く。
そこに立っていたのは——
「……ルナ?」
息を切らしながら、
立っている。
明らかに、
急いできた様子。
「その話——」
一歩踏み込む。
「本気ですか?」
空気が凍る。
貴族たちの視線が、
一斉に向く。
冷たい。
明らかな拒絶。
「……誰だ、その娘は。」
低い声。
アリアの母。
ルナを見下ろす。
「関係者以外の立ち入りは——」
「関係あります。」
遮る。
はっきりと。
(……言った。)
アリアの目がわずかに開く。
ルナは一歩も引かない。
「アリア様のことです。」
その声には、
迷いがない。
だが——
「身分をわきまえなさい。」
冷たい一言。
場の空気がさらに重くなる。
「あなたの立場で——」
「口を出していい話ではない。」
(……来たわね。)
典型的な圧。
ルナの拳が、
わずかに震える。
「……それでも。」
小さく。
だが確かに言う。
「アリア様は——」
言葉が詰まる。
続けられない。
(……無理よ。)
アリアは内心で思う。
(ここは、あなたの場所じゃない。)
だが——
ルナは、
それでも前に立っている。
その姿に、
ほんの一瞬だけ、
胸が揺れる。
その時——
「その話。」
低い声。
全員が振り向く。
扉の前。
そこにいたのは——
ラフリ。
静かに、
立っている。
誰の許可もなく。
堂々と。
(……タイミング、最悪で最高ね。)
アリアが内心で呟く。
ラフリはゆっくりと中へ入る。
誰も止められない。
止めるという発想すら、
浮かばない。
「俺が受ける。」
一言。
場が凍る。
「アリアの婚約者は——」
一歩進む。
「俺でいいだろう。」
(……は?)
今度は、
完全に思考が止まる。
貴族たちがざわめく。
「な、何を——」
父が言いかける。
だがラフリは気にしない。
ただ——
「異論があるなら言え。」
静かに。
だが圧倒的に。
誰も言えない。
沈黙。
完全な支配。
その中で——
ルナがラフリを見る。
複雑な感情。
怒り。
戸惑い。
そして——
ほんのわずかな、
理解。
(……やっぱり、知ってる。)
アリアは気づく。
(この二人、何かある。)
ラフリがルナを見る。
一瞬だけ。
「問題ないな。」
確認。
ルナは目を閉じる。
わずかに震えながら。
そして——
「……条件があります。」
静かに言う。
全員が驚く。
だがラフリは動じない。
「言え。」
短く。
ルナはアリアを見る。
一瞬だけ。
そして——
「私は——」
息を吸う。
「アリア様の側を離れません。」
(……ルナ。)
胸が揺れる。
「そして——」
続ける。
「あなたは、私に触れない。」
空気が止まる。
異様な条件。
だが——
ラフリは即答する。
「構わない。」
一切の迷いなし。
(……は?)
今度はアリアが固まる。
(何その即答。)
ラフリは視線を戻す。
アリアへ。
まっすぐに。
「これで問題ないな。」
(問題しかないわよ。)
だが——
言葉が出ない。
状況が、
あまりにも速すぎる。
すべてが、
決まっていく。
アリアの意思とは関係なく。
だが——
完全に無関係でもない。
視線の先。
ラフリ。
そして——
ルナ。
(……なんなのよ、これ。)
理解できない。
だが一つだけ、
分かることがある。
(……もう、戻れない。)
この関係は。
この状況は。
すでに——
始まってしまった。




