第35話『呼び出しと、避けられない決定』
違和感は、
ずっとあった。
小さなズレ。
噂。
視線。
そして——
“タイミング”。
(……来ると思ってた。)
アリアは静かに息を吐いた。
だから驚きはない。
ただ——
少しだけ、
早すぎる。
授業の終わり。
いつもと同じ時間。
いつもと同じ教室。
だが——
一人の教師が近づいてくる。
「アリア・ヴァレンシュタイン。」
名前を呼ばれる。
(……来た。)
「放課後——」
一瞬、間を置く。
「ご家族からの呼び出しです。」
教室の空気が変わる。
静かに。
だが確実に。
視線が集まる。
(……やっぱりね。)
アリアはゆっくり立ち上がる。
「分かりました。」
それだけ答える。
余計な言葉はない。
だが——
その背中には、
確かな緊張があった。
その時。
「……アリア様。」
ルナの声。
振り向く。
少しだけ不安そうな表情。
(……察したわね。)
「大丈夫よ。」
短く言う。
「すぐ終わるわ。」
嘘。
自分でも分かっている。
だが——
それでも言うしかない。
ルナは一瞬だけ沈黙し——
「……分かりました。」
それ以上は言わない。
だがその目は、
明らかに納得していなかった。
教室を出る。
廊下。
静か。
足音だけが響く。
(……逃げられない。)
分かっている。
これは——
“始まり”。
その時。
「……行くのか。」
低い声。
(……本当にタイミングがいいわね。)
振り向く。
ラフリ。
壁にもたれ、
こちらを見ている。
「ええ。」
短く答える。
「止める気?」
ラフリは小さく首を振る。
「いや。」
一歩、離れる。
「止めても無駄だろう。」
(……分かってるなら聞かないで。)
だがその通り。
止められるものではない。
「……一つだけ。」
ラフリが言う。
「選ばされるな。」
(……は?)
一瞬、意味が分からない。
「どういう意味?」
ラフリはそれ以上説明しない。
ただ——
「考えて動け。」
それだけ。
(……相変わらず不親切ね。)
だが——
その言葉は、
妙に重かった。
「……覚えておくわ。」
短く返す。
ラフリはそれ以上何も言わない。
ただ——
わずかに目を細める。
その視線には、
いつもと違う何かがあった。
(……何よ、その目。)
だが、
聞かない。
そのまま歩き出す。
廊下の奥。
重厚な扉。
家族用の応接室。
(……ここね。)
立ち止まる。
一瞬だけ、
呼吸を整える。
(……大丈夫。)
(想定内よ。)
手を伸ばす。
扉に触れる。
冷たい。
(……行くわ。)
ノック。
コン、コン——
「入りなさい。」
中から声。
静かで、
逆らえない声。
扉を開ける。
中へ入る。
そこには——
父。
母。
そして——
数人の貴族。
(……多いわね。)
予想以上。
完全に、
“話し合い”ではない。
「座りなさい。」
父の声。
従う。
椅子に座る。
全員の視線が集まる。
逃げ場はない。
沈黙。
そして——
父が口を開く。
「単刀直入に言う。」
間を置かずに。
「婚約が決まった。」
(……やっぱり。)
驚きはない。
だが——
心は、静かに揺れる。
「相手は——」
その言葉が、
空気をさらに重くする。
(……誰。)
ほんの一瞬。
呼吸が止まる。
だが——
表情は崩さない。
ただ、
静かに待つ。
答えは、
まだ告げられていない。
だが——
もう分かっている。
これは、
逃げられない流れ。
アリアは静かに目を閉じる。
(……どうする。)
選択。
それは——
与えられるものではない。
掴むものだ。
ゆっくりと目を開く。
その瞳には、
迷いではなく——
“考え”があった。




