第34話『近すぎる距離と、壊れかけた均衡』
近い。
あまりにも、近い。
(……なんでこうなるのよ。)
アリアは小さく息を吐いた。
隣にいるのは——
ルナ。
いつも通り。
だが——
距離が、違う。
教室。
いつもの席。
だが——
違和感がある。
「アリア様。」
すぐ隣から声。
(……近い。)
肩が触れそうな距離。
いや——
ほぼ触れている。
「何?」
平静を装って答える。
「次の授業ですが——」
内容の話。
普通の会話。
だが——
距離が普通じゃない。
(……これ、わざとよね。)
ちらりと見る。
ルナは普通の顔。
だが——
ほんのわずかに、
距離を詰めてくる。
(確信犯ね。)
小さくため息。
「……ルナ。」
「はい。」
すぐ返事。
「近いわ。」
はっきり言う。
一瞬の沈黙。
そして——
「そうでしょうか?」
首を傾げる。
(とぼける気ね。)
「そうよ。」
短く断言。
ルナは少しだけ視線を落とし——
「……嫌ですか?」
静かな声。
(……その聞き方、ずるい。)
答えに詰まる。
「別に、そういうわけじゃ——」
言いかけて止まる。
ルナが一歩、さらに近づく。
「なら——」
顔が近い。
距離が、
完全に“普通じゃない”。
「このままでいいですよね?」
(よくないでしょ。)
そう思うのに——
強く言えない。
(……なんなのよ、これ。)
心が、揺れる。
その時。
「……随分と仲がいいな。」
低い声。
(……来た。)
振り向く。
ラフリ。
教室の入口に立っている。
いつの間にか。
ルナがわずかに視線を向ける。
だが——
動かない。
距離も変えない。
(……対抗してる。)
アリアは内心で頭を抱えたくなる。
「何か用?」
淡々と問う。
ラフリは少しだけ歩み寄る。
その視線は、
二人の距離に向けられている。
「別に。」
短く返す。
「ただ——」
一瞬、間を置く。
「邪魔だったかと思ってな。」
(煽ってるわね。)
ルナの目が細くなる。
「お気遣いなく。」
冷静に返す。
だがその声には、
明確な棘。
ラフリの口元がわずかに歪む。
「そうか。」
それだけ。
だが——
空気が変わる。
重く。
張り詰める。
(……やめてよ、この空気。)
アリアは小さく息を吐く。
「二人とも。」
短く呼ぶ。
視線が集まる。
「ここは教室よ。」
冷静に言う。
「場所をわきまえなさい。」
沈黙。
そして——
ルナが一歩下がる。
わずかに。
「……申し訳ありません。」
素直に引く。
ラフリは何も言わない。
ただ——
少しだけ視線を逸らす。
(……助かった。)
空気が、少しだけ緩む。
だが——
完全には戻らない。
(……疲れる。)
アリアは内心で呟く。
その時。
ふと気づく。
(……なんで私は。)
(この状況を“止めよう”としてるの?)
一瞬、思考が止まる。
(前なら——)
こんな関係、
面倒でしかなかったはず。
なのに——
(……嫌じゃない。)
むしろ。
どこかで。
“失いたくない”と思っている。
(……ほんと、どうかしてる。)
小さく目を閉じる。
そして開く。
表情はいつも通り。
だが——
内側は、
確実に揺れていた。
授業が終わる。
人が少しずつ帰っていく。
アリアは席に座ったまま。
「アリア様。」
ルナの声。
振り向く。
少しだけ距離がある。
さっきより。
だが——
その目は、
変わらない。
「……何があっても。」
静かに言う。
「私は、離れません。」
(またそれ。)
だが——
今度は、
少しだけ違った。
その言葉が、
重い。
「……勝手にしなさい。」
いつもの返事。
だがその声は、
少しだけ揺れていた。
廊下の外。
ラフリの気配。
去らずに、
残っている。
(……ほんとに。)
アリアは小さく息を吐く。
(逃げ場、ないじゃない。)
だが——
その状況を、
どこかで受け入れている自分がいた。




