第33話『静かな圧力と、見えない鎖』
変わらないようで——
確実に、変わっていた。
学院の空気。
視線。
距離。
すべてが、
少しずつ。
そして確実に、
“形”を変えている。
(……面倒ね。)
アリアは小さく息を吐いた。
中庭。
昼下がりの陽射し。
穏やかなはずの空間。
だが——
視線が集まる。
以前とは違う意味で。
「アリア様、少しよろしいかしら?」
声をかけてきたのは、
上級貴族の令嬢。
整った笑み。
だが——
その目は笑っていない。
(……来たわね。)
「何かしら。」
アリアは表情を崩さず応じる。
周囲にも、
数人の貴族たち。
自然な形で囲まれている。
逃げ道はない。
「先日の決闘……お見事でしたわ。」
「ありがとうございます。」
形式的なやり取り。
だが——
本題は別。
「それで——」
少し間を置いて。
「今後のご予定は?」
(……やっぱりそれ。)
アリアは一瞬だけ視線を細める。
「どういう意味かしら。」
逆に問う。
令嬢は微笑む。
「そのままの意味ですわ。」
「例えば——」
一歩近づく。
「ご婚約、など。」
(……直接来たわね。)
空気が張り詰める。
周囲も静かになる。
全員が、
答えを待っている。
「決まっていないわ。」
アリアは淡々と返す。
嘘ではない。
現時点では。
「そうですの?」
令嬢の目が細くなる。
「ですが——」
小さく笑う。
「いずれ必要になるのではなくて?」
(……当然よ。)
それは分かっている。
貴族として。
避けられない。
だが——
(今じゃない。)
そう思っていた。
「ご心配なく。」
短く切り返す。
「必要なら、その時に考えるわ。」
令嬢はしばらく沈黙し——
「……そう。」
一歩下がる。
だがその目には、
明らかな“評価”があった。
(値踏みされたわね。)
周囲の空気が緩む。
だが——
完全には消えない。
視線。
期待。
そして——
“利用価値”。
(……これが貴族社会。)
アリアは小さく息を吐く。
その時。
「……面白いな。」
低い声。
(また。)
振り向く。
ラフリ。
木陰に立ち、
こちらを見ている。
「聞き耳を立てる趣味でもあるの?」
少し皮肉を込めて言う。
ラフリは肩をすくめる。
「勝手に入ってきただけだ。」
(絶対嘘。)
だがそれ以上は言わない。
ラフリの視線が、
先ほどの令嬢たちへ向く。
そして——
「もう始まっているな。」
ぽつりと呟く。
「何が?」
アリアが問う。
ラフリは視線を戻す。
「囲い込みだ。」
(……やっぱり。)
胸の奥が、
少しだけ重くなる。
「お前は今——」
一歩近づく。
「“価値”になった。」
その言葉は、
あまりにも現実的だった。
「だから——」
少しだけ間を置く。
「放っておかれるはずがない。」
(……分かってるわよ。)
だが——
こうして言葉にされると、
逃げ場がない。
沈黙。
重い。
その時——
「アリア様。」
ルナ。
いつの間にか、
すぐ隣に立っている。
少しだけ距離が近い。
(……近い。)
だが——
拒まない。
ルナはラフリを見る。
静かに。
だが確実に。
「……必要以上に近づかないでください。」
(うわ、言った。)
アリアが内心で固まる。
ラフリは一瞬だけ沈黙し——
わずかに笑う。
「守る気か?」
「当然です。」
即答。
一切の迷いなし。
(ほんと、この子……)
アリアは小さく息を吐く。
ラフリの目が細くなる。
興味。
そして——
わずかな楽しさ。
「……いいだろう。」
それだけ言う。
だが——
その一言には、
何か含みがあった。
(……やりにくい。)
アリアは視線を逸らす。
だが同時に思う。
(……もう、“一人じゃない”。)
その事実が、
少しだけ心を軽くする。
中庭を後にする。
視線はまだ残る。
だが——
以前ほどではない。
隣にはルナ。
そして——
背後には、
気配だけ残したラフリ。
(……囲まれてるわね、完全に。)
小さく苦笑する。
だが——
その目は、
逃げていない。
(来るなら来なさい。)
静かに、
そう思った。
その選択が、
どんな未来を呼ぶのか——
まだ知らないまま。




