第31話『静寂の終幕と、交わる想い』
静かだった。
先ほどまでの騒ぎが、
嘘のように消えている。
紅茶の香りだけが、
部屋に残っていた。
まるで——
何も起きなかったかのように。
(……いや、そんなわけないでしょ。)
アリアはカップを見つめながら、
小さく息を吐いた。
コツン。
静かにカップを置く音。
誰も、話さない。
三人だけの空間。
アリア。
ルナ。
そして——ラフリ。
(……気まずい。)
いや、
正確には違う。
(気まずい、というより……)
(“張り詰めてる”。)
沈黙が、
重い。
「……冷めましたね。」
先に口を開いたのは、
ルナだった。
静かに、
紅茶を見つめながら言う。
「ええ。」
アリアが短く返す。
「騒がしかったもの。」
ルナの手が止まる。
ほんのわずかに。
「……そうですね。」
その声は穏やか。
だが——
どこか、棘がある。
(……怒ってるわね。)
理由は分かっている。
(せっかくの時間を邪魔された、って顔してる。)
その時——
「……お前もか。」
低い声。
ラフリ。
ルナが視線を向ける。
「何がでしょうか?」
穏やかに返す。
だがその奥には、
明確な警戒。
ラフリはカップを持つ。
一口も飲まずに。
「邪魔されたのが不満か。」
(直球ね。)
アリアが内心で呟く。
ルナは一瞬だけ沈黙し——
「……否定はしません。」
はっきりと言った。
空気が、
わずかに張り詰める。
(うわ、言った。)
アリアが思わず目を細める。
ラフリは動じない。
むしろ——
わずかに、口元が歪む。
「正直だな。」
「隠す理由もありませんので。」
一歩も引かない。
その姿勢に、
ラフリの視線が細くなる。
(……やり合ってるわね、完全に。)
アリアはため息をつきそうになる。
だが——
妙に、嫌ではない。
(……何これ。)
「……お前はどうだ。」
ラフリの視線が移る。
アリアへ。
(……来た。)
一瞬だけ考える。
どう答えるか。
(ここで変に言うと面倒ね。)
小さく息を吐く。
「別に。」
淡々と答える。
「静かになって、ちょうどいいわ。」
ルナがちらりと見る。
ラフリも同じ。
その一言で——
空気が少しだけ変わる。
(……あ。)
気づく。
二人の視線。
(何この空気。)
「……そうか。」
ラフリが小さく呟く。
だがその声は、
どこか満足そうだった。
ルナの眉が、
ほんのわずかに動く。
(……気に入らない。)
静かな対抗心。
そして——
ルナが一歩、
アリアへ近づく。
距離が縮まる。
自然に。
だが確実に。
「アリア様。」
優しく呼ぶ。
「お茶、入れ直しましょうか?」
(近い。)
だが拒まない。
「……任せるわ。」
短く答える。
ルナが微笑む。
その様子を、
ラフリが見ている。
何も言わずに。
ただ——
観察するように。
(……やりにくい。)
アリアは内心でぼやく。
だが——
同時に思う。
(……でも。)
(悪くない。)
その時。
外から、微かなざわめき。
だが誰も来ない。
もう——
この部屋に入ろうとする者はいない。
完全な隔離。
「……茶会は、終わりだな。」
ラフリが静かに言う。
誰も否定しない。
それが事実だから。
だが——
誰も立ち上がらない。
終わりなのに、
終わらない空間。
(……変なの。)
アリアは小さく笑いそうになる。
(茶会なのに——)
(誰も帰らないなんて。)
やがて、
ラフリが立ち上がる。
ゆっくりと。
そして——
「……またな。」
それだけ言って、
部屋を出る。
振り返らずに。
扉が閉まる。
静寂。
残されたのは、
アリアとルナ。
「……終わりましたね。」
ルナが小さく呟く。
「ええ。」
アリアが答える。
だが——
本当に終わったのか。
その答えは、
まだ出ていない。
アリアはカップを見る。
そこに映るのは——
変わり始めた、自分。
(……面倒なことになってきたわね。)
だが——
逃げるつもりはない。
ゆっくりと、
目を閉じる。
そして——
再び開く。
その瞳には、
確かな意思が宿っていた。




