第28話『静かな余波と、変わり始めた日常』
静かだった。
あの決闘から数日。
学院は、奇妙な静けさに包まれていた。
ざわめきはある。
だが——
それは、以前とは違う。
(……視線が、重い。)
アリア・ヴァレンシュタインは、
廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。
誰も、近づかない。
ただ遠くから、
ひそひそと囁くだけ。
「……あれが……」
「三対十一を……」
「本当に勝ったのか……?」
(……好き勝手言ってくれるわね。)
だが——
否定はしない。
それが、今の“事実”だから。
足音が一つ、
後ろから近づく。
「アリア様。」
振り向かなくても分かる。
ルナ。
「今日も……誰も近づきませんね。」
少し困ったような声。
「いいことじゃない。」
アリアは淡々と返す。
「面倒が減るわ。」
ルナは小さく笑う。
「でも……少し寂しくありませんか?」
(……寂しい?)
一瞬だけ考える。
(前なら——)
(そう思ったかもしれない。)
だが今は違う。
「別に。」
短く答える。
「私はもともと、こういう立場よ。」
その言葉に、
ルナは少しだけ目を細める。
「……違います。」
静かに言う。
アリアが足を止める。
「何が?」
振り返る。
ルナはまっすぐ見ていた。
「今のアリア様は——」
少しだけ間を置いて。
「一人じゃありません。」
(……っ。)
言葉に詰まる。
「私は、ここにいます。」
それだけ。
だが、その言葉は重かった。
(……ほんと、この子は。)
小さくため息を吐く。
「……勝手にいなさい。」
そっけない返事。
だが——
ルナは嬉しそうに微笑んだ。
(なんで喜ぶのよ。)
視線を逸らす。
その時——
廊下の先。
人影。
(……あ。)
ラフリ。
壁にもたれ、
静かにこちらを見ている。
目が合う。
一瞬。
誰も動かない。
(……またこの人。)
ラフリは何も言わない。
ただ——
じっと見ている。
(何か言いなさいよ。)
だが先に口を開いたのは——
ルナ。
「……何かご用ですか?」
一歩前に出る。
わずかに、
アリアの前へ。
(……ガードしてるつもり?)
ラフリの視線が、
ルナへ移る。
ほんの一瞬。
そして——
「別に。」
短く答える。
「通りかかっただけだ。」
(絶対嘘でしょ。)
だが、それ以上は言わない。
沈黙。
重い空気。
その中で——
ラフリが小さく息を吐く。
「……妙だな。」
ぽつりと呟く。
「何がですの?」
アリアが返す。
ラフリは視線を戻す。
「お前が——」
少しだけ間を置いて。
「普通に立っているのが。」
(……は?)
眉がわずかに動く。
「どういう意味?」
ラフリは肩をすくめる。
「もっと騒がれると思っていた。」
「あるいは——」
少しだけ目を細める。
「自分から距離を取るか。」
(……見てたのね。)
アリアは小さく息を吐く。
「そんな暇ないわ。」
「私は——」
一瞬、言葉を選ぶ。
「やることがあるの。」
ラフリの目が、
わずかに変わる。
興味。
「……そうか。」
それだけ。
だが——
その一言には、
何か含みがあった。
ルナがちらりと見る。
(……この空気、嫌い。)
その時——
遠くから鐘の音。
——キーン……
全員の視線が上へ向く。
アナウンスが響く。
『来週——学院主催の茶会が開催されます。』
ざわめきが広がる。
『参加対象は全貴族生徒——』
『交流と品位向上を目的とした——』
(……茶会?)
アリアが眉をひそめる。
(今このタイミングで?)
ルナも同じように驚く。
「……大丈夫でしょうか。」
「この雰囲気で……」
(絶対荒れるわね。)
小さくため息。
その時——
「……来るか。」
ラフリの声。
小さく。
だがはっきりと。
アリアへ向けて。
(……何その言い方。)
少しだけ苛立つ。
だが同時に——
(……来るわよ、当然。)
視線を逸らしながら、
短く答える。
「行くに決まってるでしょう。」
ラフリはわずかに口元を歪める。
それは——
ほんの小さな笑みだった。
再び、静けさが戻る。
だが——
それはもう、
以前と同じ静けさではない。
何かが変わった。
確実に。
アリアは歩き出す。
隣にはルナ。
背後には、
視線を残したままのラフリ。
(……まだ終わってない。)
(むしろ——)
(ここからね。)
小さく息を吐く。
その瞳には、
確かな意思が宿っていた。




