第19話『交わる距離と、静かな牽制』
朝。
柔らかな光が、部屋の中に差し込む。
静かすぎる朝。
(……現実。)
アリア・ヴァレンシュタインは、
ベッドの上で目を開けたまま動けずにいた。
(昨日のこと……)
思い出すだけで、
胸の奥がざわつく。
(ありえない。)
(ヴィランである私が——)
(ヒロインと……)
言葉にできない。
(そんなの、本来ありえないのよ……)
だが。
(でも——)
指先に残る感覚。
(確かに、触れた。)
(あの子は——本気だった。)
目を閉じる。
(どうすればいいのよ……)
答えは、まだ出ない。
中庭。
いつもの場所。
アリアは、いつもより少し遅れてそこへ向かう。
(会うべきじゃない。)
(距離を取るべき。)
(でも——)
足が止まらない。
(……もう遅い。)
視線を上げる。
そこには——
「アリア様!」
ルナ。
いつも通りの笑顔。
だが。
(……違う。)
ほんの少しだけ。
その笑顔は——
「離さない」と言っている。
「……おはようございます。」
少しだけぎこちなく返す。
「はい、おはようございます!」
距離が近い。
自然に。
昨日のことがなかったかのように。
(……なんで普通なのよ。)
(普通にできるのよ。)
胸がざわつく。
「今日は……一緒に過ごしてもいいですか?」
(……拒否する理由。)
浮かばない。
「……好きにしなさい。」
「はい!」
嬉しそうに笑う。
(ほんとに……)
(なんでそんな顔できるのよ。)
その時——
「——朝から仲がいいな。」
低い声。
(……最悪。)
振り向かなくてもわかる。
ラフリ。
ゆっくりと歩み寄ってくる。
視線が鋭い。
観察するように。
「何か用ですの?」
少しだけ冷たく言う。
「特にない。」
「ただ——」
ルナを見る。
「様子を見に来ただけだ。」
(……やっぱり。)
(この人、完全に関わる気ね。)
ルナが一歩前に出る。
さりげなく。
だが確実に——
アリアの前に立つ。
「ラフリ様。」
笑顔。
だが。
その目は笑っていない。
「ご心配ありがとうございます。」
丁寧な口調。
だがその奥に——
(……牽制。)
はっきりとした意図。
「ですが——」
ほんの一歩、
距離を詰める。
「これは、私とアリア様の問題ですので。」
柔らかく。
だが、拒絶。
(……強い。)
アリアは一瞬驚く。
(こんな顔、初めて見たわ……)
ラフリは一瞬だけ目を細める。
沈黙。
だが次の瞬間——
「そうか。」
あっさりと引く。
(……え?)
予想外。
「なら、邪魔はしない。」
そう言って——
アリアを見る。
ほんの一瞬だけ。
意味のある視線。
(……何。)
(その目。)
「ただし。」
一言だけ、残す。
「問題が“外に漏れる”なら、話は別だ。」
静かに言い、
そのまま立ち去る。
(……面倒な人。)
空気が少しだけ緩む。
ルナが振り向く。
「すみません、アリア様。」
柔らかく笑う。
「少し、強く言ってしまいました。」
(……)
その顔。
優しい。
だが——
(さっきのは。)
(完全に、“渡さない”って顔だったわよね……)
胸が少しだけざわつく。
「……別に構いませんわ。」
短く返す。
「ありがとうございます。」
ルナは嬉しそうに微笑む。
そして——
自然に、隣に並ぶ。
距離が近い。
昨日よりも、確実に。
(……どうして。)
(どうしてこんなことになってるのよ。)
歩きながら、
思考が止まらない。
(ヴィランは、ヒロインと結ばれない。)
(それがルール。)
(それが物語。)
だが——
横を見る。
ルナがいる。
自然に。
当たり前のように。
(……なのに。)
(現実は——)
小さく息を吐く。
(もう……戻れないのかしら。)
その問いに、
答えはなかった。
遠くから——
ラフリが二人を見ている。
静かに。
無表情で。
だがその目は——
確実に、
何かを測っていた。
(……なるほどな。)
小さく呟く。
「面白くなってきた。」
その視線の先には——
並んで歩く二人の姿。
近すぎる距離。
自然すぎる関係。
(壊れてるな。)
(完全に。)
だが——
「だからこそ——」
その言葉は、
誰にも聞かれない。
静かに消える。




