第16話『静かな歪みと、積み重なる違和感』
朝。
アストラリス学園は、いつもと変わらぬ静けさに包まれていた。
規則正しく流れる日常。
変わらない風景。
だが——
(……おかしい。)
アリア・ヴァレンシュタインは、
教室の席に座りながら、無意識に指を組む。
(こんなに“何も起きない”はずがない。)
本来なら。
小さなイベントが積み重なり、
ゆっくりと関係が進むはずだった。
だが今は——
(ズレてる。)
確実に。
少しずつ。
「アリア様、おはようございます!」
(……また来た。)
ルナが、迷いなく隣に立つ。
その距離。
その自然さ。
(近い。)
「……おはよう。」
短く返す。
「今日は一緒に授業受けてもいいですか?」
(断れないやつ。)
「……好きにしなさい。」
「ありがとうございます!」
(なんでそんなに嬉しそうなのよ……)
授業中。
教師の声が淡々と流れる中で、
アリアの思考は別のところにあった。
(本来なら——)
(このタイミングで、誰かがルナに話しかける。)
(そこから分岐が——)
視線を横に向ける。
ルナは、静かにノートを取っている。
誰にも邪魔されず。
(……何も起きない。)
違和感。
(全部、“私がいるせい”?)
胸の奥が、少し重くなる。
授業が終わる。
だが——
「アリア様、一緒に次の教室へ行きましょう!」
(また一緒。)
「……ええ。」
歩き出す。
その途中。
——バサッ
誰かの書類が落ちる。
(……来た。)
反射的に視線を向ける。
(これもイベント。)
(ルナが助けるやつ。)
だが。
足が止まる。
(……待ちなさい。)
(今回は——)
視線をルナへ。
ルナも気づいている。
だが。
ほんの一瞬。
また、迷う。
(……また?)
その瞬間。
アリアの胸がざわつく。
(違うでしょ。)
(ここは、あなたが動くべきでしょ。)
だが。
動かない。
ほんの一瞬の遅れ。
それだけで——
「大丈夫ですか?」
また。
アリアの口が先に動く。
(……っ。)
自分で気づいて、
一瞬だけ息が詰まる。
書類を拾いながら、
手がわずかに止まる。
(なんで……)
(また私なのよ。)
相手の生徒は安心したように礼を言う。
その光景。
(……完全に。)
(ヒロインの反応。)
立ち上がる。
視線が重くなる。
(違う。)
(これは——)
(間違ってる。)
その時。
「……アリア様?」
ルナの声。
少しだけ、不安そうに。
(……気づいてる。)
アリアは視線を逸らす。
「……別に。」
短く。
だが——
(違う。)
(全部違う。)
胸の奥で、
何かが積み重なっていく。
小さなズレ。
小さな違和感。
それが——
消えない。
放課後。
一人で廊下を歩く。
(……限界かもしれない。)
小さく、呟く。
(このままじゃ——)
(全部壊れる。)
止まる。
窓の外を見る。
夕焼け。
(どうすればいいのよ……)
答えは出ない。
ただ一つ。
確かなこと。
(私は——)
(“間違った場所”にいる。)
その感覚だけが、
強く残っていた。
遠くで。
ラフリがそれを見ている。
何も言わず。
ただ——
(……もう限界だな。)
静かに、そう判断する。




