第15話『役割の歪みと、気づかない違和感』
昼休み。
アストラリス学園の中庭は、柔らかな日差しに包まれていた。
生徒たちは思い思いに時間を過ごし、
穏やかな空気が流れている。
その中で——
(……平和ね。)
アリア・ヴァレンシュタインは、
ベンチに座りながら小さく息を吐いた。
ここ最近。
大きな事件は起きていない。
(……逆に怖いのよね。)
静かすぎる日常ほど、
何かが起きる前触れに感じる。
「アリア様!」
(来た。)
ルナが、いつものように駆け寄ってくる。
「一緒にお昼、どうですか?」
(断る理由がないのが問題なのよ。)
「……構いませんわ。」
「やった!」
(なんでそんなに嬉しそうなの……)
二人で中庭を歩く。
穏やかな時間。
だが——
「す、すみません……!」
小さな声。
(……来た。)
アリアの思考が一瞬で切り替わる。
振り向くと、
一人の下級生の少女が立っている。
手には本。
だが——
その本が、地面に散らばっていた。
(この流れ……)
(知ってる。)
脳裏に浮かぶ記憶。
-> ヒロイン(ルナ)が助ける
-> 優しく声をかける
-> 好感度アップ
(完全にイベント。)
(しかも初期のやつ。)
アリアは一歩、引く。
(ここはルナの出番。)
ルナも気づいたように、
一歩踏み出そうとする。
「大丈夫ですか?」
言いかけて——
一瞬、止まる。
(……え?)
アリアの眉がわずかに動く。
ルナの視線が、
ほんの少しだけ迷う。
(遅い。)
その一瞬。
ほんのわずかな“間”。
だが——
(その“間”は致命的なのよ。)
アリアの体が、先に動く。
「貸しなさい。」
しゃがみ込み、
本を拾い上げる。
少女が驚いた顔をする。
「えっ……あの……」
「落としたままでは汚れますわ。」
淡々と。
だが手は丁寧に。
一冊ずつ揃え、
埃を軽く払う。
(なんで私がやってるのよ……)
内心では焦る。
(これ、完全にルート分岐ミスでしょ。)
(いや、そもそも——)
(“私の役目じゃない”。)
本を差し出す。
「次からは気をつけなさい。」
それだけ。
少女は少し頬を赤くして、
深く頭を下げる。
「ありがとうございます……!」
その声は、
どこか安心したようで。
(……あ。)
アリアの思考が止まる。
(この反応——)
(ヒロイン側のやつじゃない?)
ゆっくりと立ち上がる。
その時。
視線を感じる。
(……いる。)
少し離れた木陰。
ラフリ。
(見てたわね。)
完全に。
最初から。
(ほんとに趣味悪いわねこの人。)
ラフリは何も言わない。
ただ静かに見ている。
(……やっぱり。)
(ズレてる。)
視線がアリアへ。
(役割が違う。)
(なのに——)
(自然に成立している。)
その事実が、
わずかに引っかかる。
一方で。
ルナは少しだけ遅れて、
アリアの隣に来る。
「アリア様……」
その声は、
少しだけ弱い。
(……あれ?)
アリアは一瞬違和感を覚える。
(いつもと違う。)
ルナは笑おうとする。
「すごいですね……すぐに動けて……」
(褒めてる……?)
だが、その笑顔。
ほんの少しだけ——
揺れている。
(……違う。)
(これ——)
(悔しさ?)
ほんの一瞬。
ルナの中に生まれた感情。
すぐに消える。
「……いえ、当然のことですわ。」
アリアは視線を逸らす。
(違うでしょ。)
(これは——)
(“あの子の役目”だった。)
小さく、息を吐く。
(ズレてきてる。)
(確実に。)
その後。
中庭は再び静けさを取り戻す。
生徒たちは何も気づかない。
だが——
見えないところで、
確実に何かが変わっていた。
ラフリは木陰から離れ、
ゆっくりと歩き出す。
(……明らかだな。)
「役割が、ずれている。」
小さな呟き。
その目は、アリアへ向けられている。
(本来なら——)
(あれはルナの位置だ。)
(なのに——)
「……面白い。」
ほんのわずかに。
興味が、深くなる。
一方で——
ルナはアリアの隣を歩きながら、
小さく拳を握る。
(……どうして。)
(私、遅れた?)
胸の奥に残る、
小さな違和感。
それはまだ——
名前のない感情だった。




