第14話『見えない距離と、言えない変化』
数日後。
アストラリス学園は、いつも通りの平穏を保っていた。
少なくとも——
表面上は。
(……静かすぎる。)
アリア・ヴァレンシュタインは、
窓際の席に座りながら、ぼんやりと外を見ていた。
あの日以降。
“何も起きていない”。
(それが逆に、不気味なのよ。)
授業が終わり、
生徒たちがざわめきながら教室を出ていく。
「アリア様!」
(来た。)
ルナがいつものように近づいてくる。
だが——
「今日は……少し用事があるので。」
(あれ?)
ルナは少し困ったように笑う。
「先に行っていてください。」
(珍しい。)
「……そう。」
アリアは短く頷く。
(じゃあ今日は一人か。)
そう思った瞬間。
(……いや。)
視線を感じる。
振り向かなくてもわかる。
(いる。)
ラフリ。
(最近、出てこないと思ったら——)
(見てるだけ?)
アリアはため息をつく。
(ほんと、何なのよ……)
そのまま教室を出る。
廊下。
夕方。
人気の少ない時間帯。
(この時間帯も、イベント多いのよね……)
警戒しながら歩く。
その時。
——ガタンッ
「っ!?」
物音。
近くの物置室。
(……嫌な予感。)
ゆっくりと扉を開ける。
中には——
倒れかけた棚。
そして、その下に——
一人の生徒。
(危ない!!)
反射的に駆け寄る。
その瞬間。
棚が崩れ落ちる——
——直前。
ガシッ
誰かが、支えた。
「……離れろ。」
低い声。
(……また。)
ラフリ。
片手で棚を支えながら、
アリアを軽く押し退ける。
(なんでここにいるのよ……)
だが。
(助けられた。)
事実として。
ラフリは無言で棚を元に戻す。
生徒も無事。
沈黙。
「……」
「……」
気まずい空気。
(お礼言うべき?)
(でもこの人だし……)
(いやでも——)
「……ありがとう、ございますわ。」
小さく、言う。
ラフリは少しだけ目を細める。
「別に。」
それだけ。
だが——
(……まただ。)
アリアは気づく。
(これ、“偶然”じゃない。)
タイミングが良すぎる。
(助けた……?)
(それとも——)
(最初から知ってた?)
視線が交わる。
ラフリは何も言わない。
だが、その目は——
(……違う。)
(前と違う。)
冷たいままなのに。
(“見方”が変わってる……?)
その違和感。
ラフリは視線を逸らす。
(……またか。)
胸の奥。
わずかな引っかかり。
(放っておけばよかった。)
(なのに——)
(体が動いた。)
理由は、わからない。
(合理的じゃない。)
それだけは、はっきりしている。
「……もう帰れ。」
短く言う。
アリアは少し眉をひそめる。
「命令ですの?」
少しだけ、刺すように。
ラフリは答えない。
沈黙。
そして——
「……危ないからだ。」
ぼそりと。
(……は?)
アリアの思考が止まる。
(今、何て?)
だがラフリはそれ以上何も言わず、
そのまま去っていく。
(……何それ。)
(意味わからないんだけど。)
胸の奥に残る違和感。
(でも——)
(さっきのは……)
ほんの少しだけ。
(……優しかった?)
首を振る。
(違う違う違う。)
(あの人に限ってそれはない。)
だが——
消えない。
その日の帰り道。
ルナが合流する。
「アリア様、お待たせしました!」
いつもの笑顔。
だが。
「……何かありましたか?」
少しだけ、様子を伺うように。
(気づくの早いわね、この子。)
「何もありませんわ。」
そう答える。
嘘ではない。
だが。
“何もなかったわけでもない”。
遠くで。
ラフリは一人、立っていた。
二人の背中を見ながら。
(……距離は、そのままか。)
そう呟く。
だが。
(……それでいい。)
まだ。
変えるつもりはない。




