第13話『仕組まれた偶然と、試される感情』
放課後。
空は薄く曇り、日差しは柔らかく影を落としていた。
アストラリス学園の廊下には、生徒たちのざわめきがゆっくりと広がっている。
その中を。
アリア・ヴァレンシュタインは、一人で歩いていた。
(……静か。)
(今日は、ルナもいないし……)
ほんの少しだけ、肩の力が抜ける。
ここ最近。
あまりにも“距離が近すぎる存在”が隣にいたせいで、
こうして一人でいる時間が、逆に新鮮だった。
(やっと落ち着ける……)
だが。
その“平穏”は——
長くは続かない。
「アリア様!」
(……来た。)
振り返る前からわかる声。
軽く弾むような足音。
ルナが、こちらへ駆け寄ってくる。
「一緒に帰りませんか?」
笑顔。
無邪気で、疑いのない笑顔。
(どうして来るのタイミング完璧すぎない?)
(いや別に嫌じゃないけど。)
(嫌じゃないけど——)
(距離が近いのよ!!)
「……好きにしなさい。」
「はいっ!」
(なんでそんな嬉しそうなの。)
ルナは自然にアリアの隣に並ぶ。
その距離、やはり近い。
二人が歩き出そうとした、その瞬間——
「ルナ。」
低い声が、間に割り込む。
(……また。)
視線を向けるまでもない。
そこにいるのは——
ラフリ。
まるで最初からそこにいたかのように、
自然に立っている。
(いや、自然じゃない。)
(タイミングがおかしい。)
「先生が呼んでる。」
短く、淡々と。
ルナは一瞬、驚いた顔をする。
「えっ?今ですか?」
「ああ。」
それだけ。
余計な説明はない。
(嘘だ。)
アリアの中で、確信に近い違和感が浮かぶ。
(この人、またやってる。)
(タイミングが出来すぎてる。)
ルナは少しだけ迷う。
視線が、アリアへ向く。
「アリア様……少しだけ待ってていただけますか?」
(え。)
(待つ前提?)
(いやでも断る理由がない……)
「……構いませんわ。」
そう答えるしかない。
「すぐ戻りますから!」
ルナはそう言って、小走りで去っていく。
静寂。
残されたのは——
二人。
(……やっぱりこうなる。)
アリアは内心でため息をつく。
(これで何回目?)
偶然にしては、多すぎる。
・ルナだけ呼び出される
・アリアが一人になる
・そしてラフリが現れる
(完全にパターン化してる。)
「……何かご用ですか?」
先に口を開いたのはアリアだった。
ラフリはすぐには答えない。
ただ、じっと見ている。
(その視線やめてほしい。)
(測られてる感じがする。)
数秒の沈黙のあと——
ラフリが一歩、近づく。
(近い。)
(物理的には遠いのに、心理的に近い。)
「お前。」
呼び方は変わらない。
敬意も遠慮もない。
「こういう状況、多くないか?」
(やっぱり来た。)
(完全に“気づいてる側”の質問。)
「……どういう意味ですの?」
知らないフリ。
崩さない。
ラフリはほんの少しだけ首を傾ける。
「偶然にしては、出来すぎてる。」
(だからそれあんたでしょ!!)
内心で叫びながらも、表情は変えない。
「考えすぎでは?」
短く返す。
ラフリはしばらく無言で見つめ——
「……そうかもな。」
あっさり引く。
(引いた?)
(いや違う。)
(これ、確認段階だ。)
ラフリは視線を外す。
だが、完全に興味を失ったわけではない。
(動揺しない。)
(やっぱり“普通じゃない”。)
その時——
遠くから足音が響く。
「アリア様ー!」
ルナが戻ってくる。
(早い。)
「すみません!先生じゃなくて、ただの伝言ミスでした!」
(やっぱり。)
(ほぼ確定。)
一瞬だけ。
アリアの思考が止まる。
(……これ、誰が仕組んでる?)
視線が、無意識にラフリへ向く。
ラフリは何も言わない。
ただ静かに立っている。
(この人だ。)
(絶対、この人。)
ルナは何も気づかず、アリアの隣へ戻る。
「帰りましょう!」
笑顔で。
だがその距離。
ほんの少しだけ、いつもより近い。
(……守ろうとしてる?)
ラフリの視線が、わずかに鋭くなる。
(戻るのが早い。)
(それに——)
(位置の取り方。)
ルナは無意識のまま、
アリアを庇うように立っている。
(軽い好意じゃないな。)
(少なくとも——)
(簡単には離れないタイプ。)
ラフリは小さく息を吐く。
(まあいい。)
(確認はできた。)
「じゃあな。」
それだけ言って、ラフリは背を向ける。
足音は静かで、
まるで最初からいなかったかのように消えていく。
アリアはその背中を見つめながら、
小さく眉をひそめる。
(……何なのよ、あの人。)
(絶対わざとよね。)
(しかも——)
(何回も繰り返してる。)
胸の奥に、じわりと広がる違和感。
(このままだと——)
(ただの偶然じゃ済まない。)
一方で。
廊下の奥。
ラフリは一人、立ち止まる。
(アリアは“黒に近い”。)
(そしてルナは——)
(思ったより深い。)
静かに目を閉じる。
「……面白いな。」
それは感想。
だが同時に——
“関わり続ける理由”でもあった。




