第11話『違和感という名の興味』
数日後。
アストラリス学園は、いつも通りの賑わいを見せていた。
——表面上は。
だが、その裏で。
確実に“噂”は広がっている。
「聞いた?アリア様のこと……」
「婚約破棄の時、全く動じなかったらしいわよ」
「普通じゃないわよね……」
(やめて。)
(広めないで。)
(静かに生きさせて。)
アリアは心の中でため息をつきながら、
静かに本を閉じた。
昼休み。
図書室。
人の少ない、落ち着いた空間。
(ここなら大丈夫……)
「アリア様〜!」
(だめだった。)
ルナが元気よく駆け寄ってくる。
完全にロックオン状態。
「隣、いいですか?」
(もう断る選択肢ないよねこれ。)
「……好きにしなさい。」
「はいっ!」
(なぜそんなに嬉しそうなの。)
ルナが隣に座る。
距離、近い。
安定の近さ。
その時。
本棚の影。
誰にも気づかれない位置に——
一人、立っていた。
ラフリ。
静かに、本を手に取りながら。
だがその視線は——
ページではなく。
(……またいる。)
(偶然?)
(いや、この人に限ってそれはない。)
(絶対見てる。)
アリアは気づいている。
だが、あえて無視する。
(見たいなら見ればいい。)
(どうせ興味ないんでしょ?)
その態度。
その余裕。
ラフリの目が、わずかに細くなる。
(……気づいてるな。)
(それでも反応しない。)
(普通の令嬢なら——)
・視線に気づけば動揺する
・もしくは取り繕う
・あるいは媚びる
だがアリアは違う。
完全に“放置”。
(……不自然だ。)
ラフリは本を閉じる。
音を立てずに。
そして、少しだけ位置を変える。
よりよく見える場所へ。
(観察対象、変更なし。)
その時。
ルナがふと口を開く。
「アリア様って、すごいですよね。」
(急に何。)
「授業の内容も全部理解してますし……」
「この前の魔法理論も、先生より詳しかったですし……」
(やめて。)
(目立たせないで。)
ラフリの指が、わずかに止まる。
(魔法理論?)
アリアは軽くため息をつき——
「基礎ですわ。」
一言。
簡潔に。
(基礎、ね。)
ラフリの中で、何かが引っかかる。
(あの内容は、基礎じゃない。)
(少なくとも——)
(“この世界の人間にとっては”)
わずかに、空気が変わる。
ルナは気づかず、続ける。
「あと、その……」
「言葉遣いも、少し違いますよね?」
(え。)
アリアの思考が一瞬止まる。
(ちょっと待って。)
(それ言う?今?ここで?)
「普通の貴族の方って、もっとこう……」
「遠回しというか……」
(やめてルナ。)
(それ以上はやめて。)
「アリア様は、はっきりしてて……」
「なんだか——」
少し考えて。
そして。
「“違う世界の人みたい”です。」
(アウト。)
(それ完全にアウト。)
一瞬。
静寂。
ラフリの目が、ゆっくりと細まる。
(……今のは。)
(聞き間違いじゃない。)
アリアは、ほんの一瞬だけ視線を逸らす。
(まずい。)
(これはさすがにまずい。)
だがすぐに、元に戻す。
「変なことを言うのね。」
冷静に。
完璧に。
だが——
(今の間。)
(あの一瞬のズレ。)
(確定だな。)
ラフリは静かに本を棚へ戻す。
(“同類”かもしれない。)
その結論。
だが確信ではない。
(いや——)
(確かめる必要がある。)
ラフリは歩き出す。
音もなく。
アリアの背後を通り過ぎる瞬間。
ほんの少しだけ、立ち止まる。
「——」
何も言わない。
だが。
“気配”だけを残して。
去っていく。
(……今の。)
アリアの背中に、微かな違和感。
(見られてるのとは違う。)
(測られてる……?)
心臓が、わずかに速くなる。
(やめて。)
(そのタイプ、一番厄介。)
図書室には再び静けさが戻る。
だが——
見えないところで、
確実に何かが動き始めていた。
ラフリの中で。
(もし本当に“同じ側”なら——)
(面白くなる。)
初めて。
ほんのわずかに。
「興味」が生まれた。
だがそれはまだ——
名前のない違和感に過ぎない。




