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偽装結婚の私たちは、互いに誰かを演じ合う―代役夫婦が本物になるまで―  作者: 春樹凜


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5.二人の出会い



 野党や盗賊に襲われることもなく、馬車での旅は順調に進んでいた。 


 そんな中、ある街で宿泊した夜、何となく寝付けない日があった。


「ルナ様、いかがいたしましたか?」


 そこは小さな町で、一人一部屋で全員分の部屋を取ることはできず、私とアンネは同室になった。

 そのせいか、暗闇でごそごそと動く私に気づいたアンネを起こしてしまう羽目になった。


「ごめんなさい、あなたを起こすつもりはなかったんだけど」

「いいえ、お気になさらないでくださいませ。それより、寝付けないのでしたら何か温かいものでもお持ちいたしましょうか」


 アンネの提案に、私は首を横に振って返す。


「大丈夫よ。ただ、ちょっと外の空気に当たってこようかしら。あ、アンネは気にせずに寝ていてね。私も眠くなったらすぐにベッドに入るから」


 ここ数日は少し天気が悪かったから、こんなにすっきりと晴れたのは久しぶりだった。

 せっかくだから月と星が広がる世界を眺めようと思い、バルコニーへと出る直前、


「分かりました。ではお体を冷やさないよう、これだけでもお羽織り下さいませ」


 アンネに言われ、厚手の毛布を体にかけた私は、彼女にお礼を言うと、そっとバルコニーへと続くドアを開ける。

 途端に冷たい夜風が中へと吹き込んできたので、アンネに風邪を引かせてはいけないと慌てて外へ出て急いで扉を閉めた。

 

 肩にかかる毛布のおかげで、出ている顔以外はそこまで寒さを感じない。

 そのまま導かれるようにバルコニーの端まで来ると、ついたてで仕切られた隣の部屋から声がした。

 

 声の主はエヴァンと、彼と同室で、護衛の一人であるトーマスのものだった。

 扉を開けた音や足音から察知したのか、すぐさま会話が止み、ついたて越しにひょこんと赤い頭の主が顔を覗かせる。


 けれどそこにいたのが私だと分かった途端、そばかすを散らした顔からは剣呑な光が消え、代わりに人懐っこい笑顔が浮かんだ。


「ルナ様じゃないですか! こんな時間にどうされたんですか?」

 

 それと同時にエヴァンも同じように私の方へ顔を出し、驚いたように声を上げた。


「ルナ。どうした、眠れなかったか?」

「ええ、だから気晴らしに夜空でも眺めようと思って」


 するとトーマスは笑いながら、それじゃあ邪魔者は退散しますので……という言葉を残し、音もなくその場から去った。

 どうやら部屋に戻ったらしい。


「ごめんなさい、もしかしてあなたたちの会話の邪魔をしてしまったかしら」

「気にしないでいいよ。俺たちも眠れなかったから、適当に話していただけだ。それより、この邪魔な壁越しだとすごい喋りにくいな……」

「そうね、確かに……」


 けれど私が全てを言い終わる前に、エヴァンは自分の部屋のバルコニーの柵をひょいっと軽く乗り越え、そのままこちら側へと渡ってきてしまった。


「ちょっと、危ないじゃない! ここ二階よ!? 落ちたらどうするの!」


 びっくりして思わず声が裏返ってしまう。

 エヴァンは平気平気と言いながらそのまま私の隣にやってくると、近くの二人掛けのベンチに腰を下ろす。

 私はため息を吐きながらも彼の隣に座る。


 冷たい風が頬を撫でる。

 そのタイミングで、エヴァンが小さくくしゃみをした。


「……寒そうね。よかったら、こっちに入る?」


 エヴァンが言葉に詰まる。

 だけど小さく息を吐いた後、彼は毛布の端に身を寄せた。

 服越しにエヴァンの冷たい体温が伝わってきて、わずかに甘さを滲ませた緑の瞳が、私を視界に収めている。

 隣にいるのはエヴァンだって分かっていても、その体温と瞳に少しだけドキドキしてしまった私は、動揺を悟られないよう慌てて口を開く。


「それより! 怖いからさっきみたいなことは本当にやめてよね!」

「え、あのくらいなんてことないって。俺が運動神経いいの知ってるだろう? ルナは心配性だな」

「普通は心配するに決まってるでしょう!?」


 するとエヴァンが、少し意地の悪い笑みを浮かべて私を見てくる。


「それにしても、まさかあのルナに心配されるとは思わなかったな。……無茶して木に登って足を滑らせて落っこちたのは、どこの誰だったっけ」

「……あのことは忘れて」

「無理だな。その上俺は、君を助けたのに危うく窒息死しかけるところだった」

「そ、それはあなたが、私の下着を見たから……」

「あれは完全に不可抗力だ」

「……本当に悪いことをしたと思っているわ。あの時は気が動転していたから。だけどその後ちゃんと謝ったじゃない」

「そうだったな。……まあ、君の顔をはっきり見た途端、謝罪とかどうでもよくなったんだけど」


 彼が言っているのは、私とエヴァンが初めて会った日のことだ。

 

 あれは入学式が終わった後のこと。

 学園の裏庭で一人で読書中、猫の鳴き声が聞こえた。声の出所を探すと、すぐ近くの大きな木の枝に仔猫がおり、助けを求めるように鳴いていたのだ。


 だけど周りには人がいなかった。

 助けを呼びにいっている間に落ちたらどうしようと考えた私は、意を決して助けることにした。

 

 ただ私は運動神経が良くない上に、木登り自体も初めてだった。

 それでも何とか木にしがみつきながら仔猫の元まで辿り着いて、その子を抱いた途端、足を滑らせて地上に落下してしまった。

 

 その時、たまたまその場に居合わせたのがエヴァンだった。

 学園内を散策していた彼は、私が木の上にいることに気づいたらしい。

 何をしているのか尋ねようと近づいたところで、私が落下してきたので、急いで地面に滑り込んで私が怪我をしないように助けてくれたのだ。


 彼が下敷きになってくれたお陰で、私は怪我をすることはなかった。

 幸い猫も無事で、地面に落ちた瞬間すぐにどこかへと行ってしまったんだけど……。

 

 その際私のスカートがめくれてしまい。


「あ、白……」


 ぼそっと呟いたエヴァンの口と鼻を、私は動揺のあまり、思わず両手で力いっぱい塞いでしまった。


 勿論すぐに手を離して謝罪した。 

 その時になって初めてちゃんと彼の顔を見た私は、衝撃を受けた。

 だってそこにいたのは、まるでカイエル殿下がそこにいると錯覚させられるほどによく似ていた人物だったのだから。

 殿下に似た同い年の従弟がいることはセレナから聞いてはいたけど、本当に驚いた。

 同じように、私と対峙したエヴァンの表情も固まっていた。


 それから私もエヴァンも生徒会に入り、一緒に過ごすうち、彼の想い人がセレナだと気づくのに時間はかからなかった。


「ねえ、今更なんだけど、あなたってセレナに一目惚れだったの?」


 そういえば、彼がセレナを好きなことは知っていても、きっかけは全然知らない。

 こうして言葉で直接聞いたこともなかった。

 エヴァンは気恥ずかしいのか、月明かりに照らされた彼の耳をわずかに赤らめる。


「まあ、そう、だな。カイエルが婚約者を紹介したいってセレナを連れてきた時、彼女の明るい笑顔に一発でやられた。君の方は?」

「私もあなたと同じ。一目見ただけで、あっという間に恋に落ちていたわ」


 私は息を吐くと、空を見上げる。


「……本当はね、殿下に似た従弟がいるって聞いた時、もしかしたらその人のことを好きになるんじゃないかって思ってたの。だけど、そうはならなかった」


 エヴァンがカイエル殿下と同じくらい、魅力的な人だと知っている。

 それでも、私の心は、カイエル殿下以外に揺れることはなかった。


 そう言うと、エヴァンもまた同様に息を短く吐き、痛々しく笑う。

 見ている私の方が、苦しくなるほどの笑顔。

 きっと私と同じだと、そう言いたいのだろう。


「俺も君も、気づけば底なしの沼に嵌ってたってわけだ。昔は、彼女がカイエルの婚約者じゃなかったら、どんな手を使っても奪ったのにっていつも思ってた」


 けれど彼はそれをしなかった。


「カイエルはさ、本当にいい奴なんだよ。俺は従兄としてあいつを尊敬している。そんな相手の、しかも両想いの婚約者なんて俺には奪えない。それにセレナの一番いい顔って、結局カイエルの前で見せてる顔なんだよな。悔しいけど、俺にはあんな顔引き出せないし」


 だから彼は諦めた。

 セレナを手に入れることを。

 それでも、頭と心は連動しない。

 ……そして、セレナの外側を私に求めた。


「ごめんな、俺の我儘にルナを付き合わせて」


 私たちの声だけが響く中、ぼそりとエヴァンが呟く。

 けれど、私はそれを否定するように首を振る。


「あなたが謝ることなんて一つもないと思うわ。だって、この提案に乗ったのは、他ならない私自身の意志よ。だから」


 私はエヴァンの手を強く握った。


「途中で逃げるなんてなしよ。あなたも、私も」


 一瞬、エヴァンが目を見張った後、ふっと息を吐く。


「随分覚悟がいいな」

「当たり前でしょう。だって……もう引き返せないんだから」

「……だな」


 短く答えると、エヴァンも応えるように私の手を強く握り返した。



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