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偽装結婚の私たちは、互いに誰かを演じ合う―代役夫婦が本物になるまで―  作者: 春樹凜


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3/30

3.別れ



 ライネオス領へ出発の直前に、まさかの王城の一室を借りて開いてもらったパーティー。

 参加者は、学生時代から親しかった友人たち。

 小規模だけどどこかアットホームさも感じるもので、私の胸には喜びと同時に寂しさも去来する。


 エヴァンとの馴れ初めを聞かせてと友人たちに詰め寄られ、ようやく解放されたところで、一人座っていると……。


「やあルナ、婚約おめでとう!」


 遅れての参加になったカイエル殿下がこちらへとやってきた。


 彼の姿に、昔と変わらず胸がときめく。

 この間はすべて後ろに固められていた髪は、今日はその時よりもかなりラフな印象だった。

 前髪はふんわりと額の前に下ろされ、少し長めの後ろの髪は軽く束ねられていた。

 彼の明るいエメラルドグリーンの瞳の中に自分の姿が映っているのが分かって、自然と頬が綻む。


「お久しぶりです、カイエル殿下。お会いできて光栄です」

「私もだ! 最近は忙しくてベルーナ邸へも足を運べていなかったからな。パーティーは楽しんでいるか?」

「はい。今回の準備には、殿下もお手伝い頂いたと聞きました」

「少しでも君たちに喜んでほしくてな。ルナの好きな物もできるだけたくさん用意したぞ。あれはもう食べたか? 甘みのないチョコは、タスマン産の紅茶と合う」

「ええ、頂きました。チョコと言えばセレナ好みの甘さたっぷりのものが我が家では定番でしたが……。あのようなものもあるんですね。是非同じものをライネオス領へと持っていきたいものです」

「良かった。実はそう言うかと思って、用意していたんだ。ささやかだが餞別として送らせてくれ!」


 そう言ってカイエル殿下は、いつもの人当たりの良い明るい笑顔を浮かべてみせた。


 彼は、セレナのことも勿論だけど、妹の私のことも よく見てくれていた。

 誕生日のプレゼントも私が好みのものを送ってくれたし、今だって、こうして私の大好きなものを集めてくれた。


 けれどこれは私だけじゃない。どんな相手にもだ。

 だからこそカイエル殿下は、たくさんの人に慕われる。

 そして、その中の特別な一人になったのが、セレナだった。

 羨ましいけれど、そんなカイエル殿下だからこそ、選ばれたのが私の自慢のセレナで嬉しい。


「それにしても、君も水臭いな。言ってくれれば義妹の相談くらい乗ったぞ。しかも相手がエヴァンだったならなおさらに」

「ふふっ、セレナにも同じことを言われました」

「それだけ私もセレナも君のことを気にかけていたんだ。ところで……もう一人の主役はどこにいるんだ?」

「彼ならあちらで、みんなと語らっています」


 視線の先には、セレナを含む数名の友人たちと談笑するエヴァンの姿があった。

 片手に持ったグラスの中身は半分ほど減っていて、顔は少しだけ赤い。

 お酒に酔ったかのように見せかけてるけど、その視線は何度もセレナの方へ向かっていたから、そういうことなんだろう。


「ふむ、エヴァンは、酒はそんなに弱くないと言っていたはずだが」

「友人たちと会える最後の場ですから、はしゃいでるんだと思います。……次に会えるのは、かなり先になりますから」

「来年の社交シーズンか。ここにいる面子は王都に残る者がほとんどだからな。私も、君やエヴァンに会えなくなるのは寂しく思う。特にルナとは、セレナと同じくらい、長い付き合いになるからな」

「……もう八年になるんですね」


 何年経っても色褪せない、カイエル殿下との出逢いの一幕。

 彼の印象はあの頃とちっとも変わらない。

 

 できればセレナにもしていたような愛情たっぷりの笑顔が欲しかった。

 彼女との違いを目の当たりにさせられても、消えなかったこの想い。

 忘れるためではなく、吹っ切るためでもなく、私はエヴァンと結婚する。

 

 それでも私は、この選択を後悔しないと決めていた。


「ルナ、私は君にも、それにエヴァンにも幸せになってほしい。……あちらへ行っても、元気でやるんだぞ」

「はい。カイエル殿下の方こそ、私の大切な姉のセレナのこと、よろしくお願いします」


 カイエル殿下の前では最後まで妹であろうとする私は、感情を隠し、彼にそう言って軽く頭を下げた。



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