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偽装結婚の私たちは、互いに誰かを演じ合う―代役夫婦が本物になるまで―  作者: 春樹凜


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27.転落



 お互いの熱を移し合うように抱き合っていたけど、吹雪はますます強くなっていく。


「……戻ろうか。これ以上ひどくなる前に」

「ええ」


 体を離し、エヴァンに手を伸ばすと、彼の左手がすぐに握り返す。

 手袋越しでも彼の指先が冷え切っているのが分かる。

 それを少しでも温めたくて、私はしっかりと指を絡める。


 雪が強くなる中、二人で屋敷へ向かって歩いていると、正面を向いたままエヴァンが言った。


「……ルナ」

「なに?」

「君の気持ちは、本当に嬉しかったんだ。ちゃんとみんなにも伝えるから。君が、どれだけ心配してくれてたかって」

「……ありがとう」

「気にしなくていい」


 エヴァンは小さく首を振ると、少しだけばつの悪そうな顔になる。


「俺も……実はさ、ルナと話してた時は動揺してた。君の前でそれを出さないように、必死だったんだ。取り乱すな、冷静になれって自分に言い聞かせてたせいで、君には冷たく聞こえたよな。だから……俺の方こそ、ごめん」

「ううん、あなたは何も悪くないわ。ああいう時、私もあなたと同じ目線に立って支えないといけない立場だったのに」

「ルナはいつも、俺の支えになってくれてるよ」

「……ありがとう」

「礼なんて言う必要はないって。本当のことだから」


 照れたように繋いでいない方の手で頬をかくエヴァンを見ていると、胸の奥がどうしようもなく切なくなる。

 どう返答をしたらいいか分からなくなった私は、代わりに強く手を握る。

 そうしたら彼も同じように握り返してくれた。

 それが、どうしようもなく嬉しくて頬が緩みそうになった私は、照れ隠しとばかりにわざと大きな声を上げる。


「そ、そうだわ! 帰ったら、温かいココアでも飲みましょう! 私以上にあなたの体が冷えているだろうし」

「だから俺は平気だってば。俺はルナの方が心配だ。俺よりも長くこの寒空の下にいたんだし」

「私はちゃんと防寒しているから大丈夫よ。だけどあなたは薄着だし……むしろお風呂に入って芯から温まるべきよね」

「なら君から先に入るべきだ」

「だめよ、あなたから入るべきだわ」


 するとエヴァンはにやりと笑う。


「じゃあ、一緒に入る?」

「っ!?」


 途端に、体中の血が沸騰しそうになる。


「な、なにを言って……」


 だけど、考えてみれば彼の体が冷えてしまったのは私のせいだし、エヴァンがそれを望むのなら謝罪の意味も込めて彼の提案を受け入れるべきなんじゃないかと悩む。

 考えに考えた挙句、私は何とか一言絞り出す。


「なんてな。冗談に決まってる……」

「エヴァンがそうしたいって言うなら……」

「え」

「え?」


 はたと、どちらからともなく足が止まる。

 互いに瞬きもせず見つめ合い、そのまま無言で過ごすこと、十秒ほど経ち――私とエヴァンの顔が、同時に真っ赤になった。


「なっ、あんなの冗談だって分かるだろ!? ほ、ほほ、本気にするなよっ!」

「だって、その、あなたがそれを望むなら、は、恥ずかしいけどその提案を受けるべきじゃないかって、そう思って」

「望むか望まないかと言われたら前者に決まってるけど……って、くそ、俺何言ってんだ!」

「!? い、今なんて」

「とにかくっ、あれは冗談だから! この話はこれで終わり! さっさと戻るぞ!」

「そ、そうね、戻りましょう!」


 慌てふためきながらも私が頷き、足を踏み出した、その瞬間だった。


 ――左の足元が、突然ぐらりと揺れた。


「……え?」


 視界が傾く。

 雪で覆われた地面の下は、緩やかな斜面になっていた。


 本来なら危険な場所じゃない。

 畑の水はけを良くするために作られたわずかな高低差で、視界のきく昼間であれば誰でも分かる、ただの小さな斜面だった。


 けれど――今は全てが雪に覆われ、境界が完全に消えていた。


 慌てて地面を踏みしめるけど、足元の雪は、ずるりと崩れた。

 固い感触を想定していた足裏が空洞のように沈み、そのまま空を踏む。


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。


 けれど踏みしめる先がなかった私は支えを失い、体の重心が左側へ大きく傾いた。


 その時に理解した。

 ――落ちる、と。


 気づいた時には遅い。

 バランスを崩した私は、斜面の先へと投げ出される。

 その直前、異変に気付いたらしいエヴァンが、繋いだ私の手を握り強く引き戻そうとしたけど……。


「ルナっ!」


 濡れた手袋と雪のせいで滑り、エヴァンの指先はするりと離れる。

 同時に、私の体が宙へと投げ出され、落ちていく。


 視界の端で、遠ざかっていくエヴァンが必死に手を伸ばしているのが見えた。


「ルナ――!」


 叫び声が、風を裂く。

 その顔が、どんどん小さくなっていく。


 届かないと分かっていても、私も無意識に腕を伸ばす。

 だけどそれが彼の手を掴むことはなく、雪の上に投げ出されたのと同時に強い衝撃が頭を打つ。


 最後に見えたのは、絶望に歪んだ彼の表情で。

私の名前を呼ぶエヴァンの声を聞きながら、私の意識は、そのまま暗闇へと落ちていった。



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