20.結婚式
ライネオス領に来て半年後。
今日は、私とエヴァンの結婚式だ。
王都から少し遠いため、私の家族は誰も参加しなかった。
代わりに今度社交シーズンであちらへ行った際にもう一度式を挙げる予定だ。
本来なら式は一度だけだけど、
『ルナの花嫁姿は絶対見たいから! ね、お願い!』
というセレナの一言で決まったのだ。
セレナは今、どうしているだろうか。
きっと王族教育を忙しく受けながら、カイエル殿下との仲も深めているんだろう。
ドレスも化粧も髪型も全ての用意が終わり、式の開始を待ちながらセレナのことを考えていたら、アンネからあるものを手渡される。
「ルナ様、セレナ様からです」
アンネから受け取ると、セリナが好きな淡いピンク色の封筒には、彼女らしい美しい字体で『愛するルナへ』と書かれていた。
鏡に自分の姿を映す度、生まれて初めて傍から離れた彼女のことを、いつも思い出していた。
多分今日が結婚式だと知って送ってきたんだろうと、口元が自然とほころびながらも封を開けて中身を取り出す。
手紙は、私の結婚を祝う言葉から始まり、私の体調や新しい土地での生活を気遣う文面が並んでいた。
それから予想通り、セレナの王族教育が目が回るほどに忙しくて大変なことや、今王都で流行していることなど……。
最後には、半年後に王都で会えるのを楽しみにしている、と、少し弾む字体で書かれた一文で締めくくられていた。
遠く離れていても私のことを想ってくれているんだと思えて、心がぽかぽかと温かくなった。
私もセレナと会える日が待ち遠しいと思いながら便箋を封筒にしまいかけた時、中からもう一枚、はらりと何かが落ちた。
小さく折りたたまれていたから気づけなかった。
なんだろうと怪訝に思いながら床から拾い上げ、四つ折りにされたそれを開くと――。
「っ……!」
角ばった特徴的な字体。
便箋が破れてしまいそうなほどに力強く書かれた文字は、読まなくても誰が認めたものかすぐに理解できてしまった。
そんなに長くない文面だったけど、義理の兄として私とエヴァンの結婚を心から祝福しているのは伝わってきた。
指を文字でなぞったら、実際にはありえないのに、彼の温度がペン先から伝わってくるような、そんな気がした。
……最近カイエル殿下のことを強く想うのは、あのチョコレートを口にした時だ。
思わずエヴァンに抱き着いてしまった日以来、あれを食べるのは必ずエヴァンと二人きりの時だと決めていた。
誰もいない空間で、エヴァンは完全にカイエル殿下になりきる。
まなざしも、笑顔も声も香りも、細かい動作まですべてがカイエル殿下そのままだ。
それに、その時は私がセレナを演じる必要もないからとエヴァンからは言われていた。
だからカイエル殿下がルナである私に愛情を向けてもらっていることに、渇望していた幸せに手が届いたようで満たされていくのだ。
そんなエヴァンと、今日私は結婚する。
そして――彼にしてもらったように、エヴァンを幸せ にすることもまた、私の義務だ。
もうすっかり慣れてしまった頭が少しクラクラする甘い香りを体に振りかけ、私は花婿の待つ場へと向かった。
式を挙げるのは、百人ほどは入る大聖堂だ。
こんなに大きな場所でするなんて思ってもいなかったから、うちの親族が出ないのもあって、出席者が少なくて空席があったらどうしようかと考えていた。
けど、その心配は杞憂に終わった。
エヴァンの家族は勿論のこと、屋敷で働き私達を支えてくれている使用人たち、それにたくさんの領民も駆けつけてくれたのだ。
おかげで教会に全員入りきれず、外にまで人が溢れていた。
「ルナ様―っ、すごくきれいですよ」
「お姫様みたい……キラキラしてる!」
「エヴァン様もこんな美人の奥さんと結婚できて、大喜びですよ」
聖堂の外にいた見覚えのある領民たちが、私を見て声を上げる。
本当に私とエヴァンの結婚を喜び、祝福してくれている。
彼らの気持ちが嬉しくて、でも心に刺さる棘はより深くなっていく気がした。
それでも、私は将来彼らを導く立場になる。
それに、エヴァンとの結婚の真実を誰にも悟らせるわけにはいかない。
私は痛みを隠し、にこやかな顔でみんなに手を振った後、エヴァンが待つ聖堂の奥へとゆっくりと足を踏み入れた。
バージンロードを歩く付添人は、ライネオス侯爵だ。
エヴァンと似ているけど彼よりも厳めしい顔つきの侯爵は、いつもにように何も言わない。
だけど、こちらが転ばないようにとゆっくりとした歩幅で歩いてくれていた。
やがてエヴァンの前に到着し、私は彼の前に立つ。
エヴァンは卒業パーティーの時のカイエル殿下のように、前髪を全て後ろに流していた。
目を細めて見たら本当に彼がそこにいるようで、ありえない速度で心臓が音を立てる。
彼の方も同じだったらしい。
一本にまとめた緩く編んだ三つ編みを顔の横に持ってくる髪型は、学園でセレナがよくやっていたものだ。
「やっぱりよく似合ってる」
その言葉はきっと私に向けられたものじゃない。
彼の浮かべた笑顔は、痛々しいほどに歪んでいた。
ベールを取り、教会にいる神様の前で偽りの愛を誓って口付けをする。
事情を知らない周りから見たら、きっと幸せそうな新婚の夫婦に見えるだろう。
それでいい。
私達の異常さは自分たちだけが分かっていればいいのだから。
それから場所は、聖堂から侯爵邸へと移る。
式の後はその日一日だけ特別に開放し、領民を招き入れてお披露目を行うのがこの領地での慣習らしい。
私とエヴァンが屋敷へ戻ると、聖堂前にいた以上の人々が集まっていて、それはもうお祭り騒ぎだった。
そこに結婚式の参加者も加わるのだから、屋敷内以外にも、中庭や温室にまで人がごった返していた。
すでに顔見知りになったみんなが私とエヴァンの元へやってきて、直接お祝いの言葉を言ってくれた。
それだけじゃなくて、エヴァンなんて、結婚のお祝
いだからと侯爵家から振舞われた酒をたらふく飲んだ領民や使用人たちに、胴上げされていたくらいだ。
「坊ちゃん、結婚おめでとうございます!」
「結婚万歳!」
「お前たち、頼むから俺を落とすなよ!?」
おかげでエヴァンの衣装はぐちゃぐちゃになっていたけど、彼らにもみくちゃにされながらも祝われるエヴァンを見て、声を上げて笑ってしまった。
その後も暗くなるまで、みんなで歌ったり踊ったり食事をしたり。
こんな陽気で賑やかな雰囲気は、中央貴族同士の結婚式ではまずありえない。
それでも私はこっちの方がずっと好きだった。
エヴァンはところどころ黒ずんだ衣装を見ながら、
「くそっ、これ仕立てるの結構いい値段したんだぞ……」
とぼやいていたけど、なんだかんだ言いつつその顔は嬉しそうだった。
私の顔も自然と綻ぶ。
不思議な話だ。
せっかくカイエル殿下を模して上げた髪もぐちゃぐちゃになり、殿下の面影はまったくといっていいほどなくなっているのに、今のエヴァンもいいなと思えたから。




