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第3話

「誰が、なんですって?」




 夕陽で赤く染まっていたはずの空が、ふっといきなり真っ暗になった。

 びゅう、と寒風が頬を掠める。

 目の前にいたのは、三つ揃えのスーツに身を包んだ、銀縁の眼鏡の青年だった。すらりと高い背に、白い肌。


 それより、私とて学習している。


 おかしいんだ2階の窓の外にそんなものが見えるのが。


 彼の足元に視線を落とす。綺麗に磨かれた革靴は、豪奢なアンティークのソリを踏んでいた。私が黙っていると、彼はため息交じりに言う。


「ご近所さんに迷惑でしょう、そうやって大きな声で罵倒しては……」

「す、すみません……、あなたもサンタ、なんですか」

「ええ、私はサンタですよ。あなたが今口汚く『ばかやろう』『すっとこどっこい』と罵った、そのサンタです」


 眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、男は言った。なんでこんな偉そうなんだろう。


「偉そうというか、偉いんですよ実際」

「えっ、すみません……」


 口に出てた? ていうか、私謝ってばかりじゃない?


 このまま気圧されていてはいけない。この人もサンタならば、ひょっとしてあの変なおじさんのことも知っているかもしれない。


「あの、違うんです。あなたのことじゃなくて、昨日ここにサンタが来たんです」

「え?」


 スーツの男は眉を顰めた。


「そのサンタって名乗る変なおじさんが、いやサンタじゃないかもだけど……そいつが、私と幼馴染の実を恋人同士にしてやるって言って……それから、幼馴染の様子が変で」


 男の顔色がどんどん悪くなっていく。びきびきと額に青筋がたっていく様子が見えて、何も悪いことをしていないのに私は小さくなってしまった。


「あの……」

「心当たりがあります、少しだけお時間をいただけますか」

「え、はい」


 失敬、というと、男はソリに乗せていた黒いビジネスバッグからトランシーバーと思しきものを取り出して、乱暴にスイッチを入れた。


「Z-578、応答せよ。――至急こちらへ向かえ!」


 そして、乱暴に切断する。ぶつん! という音が私にも聞こえた。

 その呼び出しの仕方、普通にパワハラのにおいするけど大丈夫だろうか。


「大変申し訳ありません。少々お待ちいただけますか」


 私も立ち会いますので、こちらにて待たせてください、と深く頭を下げた男に、私も軽く会釈を返した。


「あ、あの、上がります……?」


 寒空の下、雪も降ってきた中に立たせっぱなしというのはなんだか悪い気がして提案するが、男は丁重に断る。


「いえ、お構いなく。寒いと思いますので、窓を閉めてお待ちください」


「どうも……」


 時計の音がやたらと大きく聞こえた。


 早く来てくれ、この怖いお兄さんと一緒にいるのすごく嫌だ。窓を閉めてと言われたけど、なんだかそれも悪い気がして、沈黙が重いから、(みのる)がどんなふうに変わってしまったのか補足説明を続けた。




 十数分後だろうか、遠くから鈴の音が聞こえた。

 共にフェードインしてくるジングルベル。


「うるさ……」

「大変申し訳ございません」




 シャンシャンシャンシャンシャンシャン!!!!


「メエエエエエェェェェェリィイイクリスマァァァァッッ」

「やかましい」

「ぅぐッ」


 豪奢なソリに横付けされた赤い子供用ボブスレーに乗ったおっさんは、お兄さんビジネスバッグで腹部を殴打され蹲った。大丈夫ですか、それパワハラだし普通に傷害ですけど。




「Z-578、どういうことか説明してもらおうか」


 どうやらおっさんはこのお兄さんの部下らしく、説明を求められてぴしりと背筋を伸ばして敬礼する。そして私の姿に気づくとにっこり笑った。


「これは! お嬢さん! あれから実くんとはどうかな? うまくいったか!?」

「上手くも何も……あなたのせいで大変なことになったんですけど!?」

「た、大変な? それはどういう……」


 お兄さんはおっさんをぎろりと睨みつける。


「お前、研修中の身でありながら勝手に力を使ったな?」

「は、はわわ」


 はわわじゃねえんだ、はわわじゃ。


 研修中だったのか。


 ていうかサンタにも研修ってあるんだ。


 お兄さん――上司サンタがおっさんを詰める。おっさんはようやっと口を開いた。


「そのお嬢さんが、思い人と恋人同士だったらいいのにと言っていたので、クリスマスまでに願いが叶ったらうれしいかなと思いましてそれで……」

「それで? 対象の心を操り性格を捻じ曲げる魔法を使ったのか?」


 おっさんはふるふると首を横に振った。


「いえ、性格を捻じ曲げるだなんて滅相もない! 私が使った魔法は、対象の『心を解放する魔法』です!」

「どちらにしても心に干渉する魔法を使うのは禁じ手だ。お前は何を習ってきた!」

「えっ、でも少し素直になるのはクリスマスの魔法の定番じゃ……」

「素直になるのと心のタガを外すのは違う!」


 二人の言い合いを聞きながら私は首を傾げる。


 心のタガを外す? どういうことだ。


「あの……」


 完全に置いてけぼりにされてるんですが、と声をかけると、ハッとした上司の方が振り向いた。


「すみません、ご説明します。彼が実くんにかけた魔法は、心のタガを外す魔法であると考えられます。妙に優等生になってしまっていたのはその副産物のバグといいますかなんといいますか……」


 バグか~、そっかそしたら仕方ないか~、となるとでも思ったんだろうか。


 そっちも気がかりだが、タガが外れているというと、つまり?


「実くんの行動は度が過ぎたことがあったかもしれませんし、さつきさん、あなたが驚くようなこともたくさんあったんでしょう。しかし……」


 その行動の根底には実の意識がかすかにあったということ。上司サンタがそう続けたのを聞いて、私はひゅっと息を飲んだ。待って、それ私が知ってもよかったの?


「まあ、とはいえ今日一日の実君は半分はこいつの魔法に操られていたようなもの。不可解な行動を取ったりいろいろとご心配をおかけしました」

「あの、実は大丈夫なんですか……」

「魔法のキャンセルは私の方で施します。ただ、この一日の記憶があいまいになってしまうことは避けられないのですが……」


 実の意識を半分くらい魔法がのっとっていたわけだから、無理もないことだ。


「記憶喪失になっちゃうんですか?」

「はい、今日一日うっすらと……なんとなく覚えていることもあるけど、夢だったのかな、くらいの記憶になってしまうでしょう」


 命に別状はなく、他の部分には支障がないと聞いて、不幸中の幸いと理解した私は深く息を吐いた。


「……よかった……わけでもないか、まったく困った自称サンタおじさんだよ」

「う。面目ない」


 おっさんはしょんぼりして帽子を脱いで頭を下げる。そもそもそのベタなサンタ服やめませんかね。




「それにしても、サンタってほんとにいるんだ……」


 私は上司サンタの方を見つめた。


 私たちがクリスマスシーズンによく目にする、それこそこのおっさんみたいなステレオタイプのサンタではなく、このサンタさんはスーツを着たビジネスマンの出で立ちだった。年齢はパッと見30代前半くらい。中間管理職っぽい雰囲気が出ていて、目の下にはクマがある。こういうやっかいな部下を他にも抱えているのかなあ。


「サンタがこのような出で立ちと知って驚きましたか?」

「はい。……小さいころに思い描いてたサンタさんとは全然違うけど」




 小さいころは、私の家にも当たり前にサンタさんが来ていた。

 12月の初めころになると、幼い私はお母さんに必ず聞いたものだ。


 ――今年は、サンタさんくるかなあ?


 お母さんは、決まってこう答えてくれた。


 ――来るわよ、今年もさつきは良い子にしてたもの。


 ツリーの明かりがぴかぴか光る部屋の中で、私はサンタさんに手紙を書く。

 今年頑張ったこと、来年頑張りたいこと、おねだりする物について……。

 サンタさんに会ってみたいとお願いした年は、サンタさんすごく困っただろうな、と今ならわかる。


 だって、サンタさんはお父さんとお母さんだったのだから。




「サンタさんがほんとはいなくて、正体は両親だって知ったときはそれなりにがっかりしたけどね」


 そういって私が笑うと、上司サンタは優しく笑って首を横に振った。


「サンタは、いますよ」

「うん、あなたがそうだものね」


 また、彼は首を横に振る。


「サンタじゃないの?」

「いえ、私もサンタではありますが、その……」


 上司サンタは丸いグラスに入った小さなキャンドルを手のひらの上に浮かべ、そして説明してくれた。


「サンタというのは、心です」

「心?」

「誰かを笑顔にしたい、誰かを喜ばせたい、その気持ちそのものが『サンタ』なんですよ」


 キャンドルの光に、幼い日の私の笑顔が映った。そして、お母さん、お父さん、里佳子に、実、篠本くん、他にも、私の知る大好きな人たちの笑顔が。


「それって……」

「だから、サンタはいるんです。今も。プレゼントを持って夜にやってこなくても、あなたの身の回りにはきっと、たくさんのサンタがいます」

「うん……」

「私たちの仕事は、心に灯をつけること。クリスマスに、『サンタ』を思い出してもらって、誰かが誰かのサンタになる、そのあと押しをすることです」


 私が頷くと、上司サンタはわかってくれましたか、と初めて満面の笑顔を見せてくれた。そして、そのあと少し厳しい顔をしておっさんを振り返る。


「まあ、こいつは何か勘違いしてたみたいですが」

「う、すみません。修行しなおします」

「当然だ。今すぐサンタ寮に戻れ。謹慎処分、それから反省文、あとは追って言い渡す」

「はいぃッ!」


 びし、と敬礼をし、頭を下げる。


 これほんとにサンタの組織なのかな、なんか軍隊とかでなく?


 私が少し心配しておっさんをみると、おっさんは私にも深々と頭を下げた。


「君と実くんには本当に申し訳ないことをした、すまなかった」

「簡単には許してあげらんないですけど」


 私がばっさりと切り捨てるように言うとおっさんは悲し気に視線をこちらに寄越す。上目遣いが絶妙にキモイからやめてほしい。いや、でもこいつも善意でやってたんだもんな。


「これから先同じ間違いしないのと、……ちゃんと正しい『サンタ』の役割果たすなら、私は許します」


 実はどうか知らないけどね、と付け足すと、おっさんは実くんにもサンタが謝罪していたと伝えてくれというので丁重にお断りした。こんなの説明したってややこしいことになるだけだ。もう行け、と上司サンタに言われ、今度はサイレントモードで夜空へ去っていくおっさんの背を見つめ、なんだかどっと疲れがやってきた私はまた深くため息をついた。


「この度は大変ご迷惑をおかけしました。私の不徳の致すところです。申し訳ない」


 再度私に頭をさげる上司サンタに、いえいえ、と答えるしかない。なんというか、この人はそんなに悪くない。いくら監督不行き届きって言ったってあのおっさんが悪い。


「……あなたも、いずれ誰かのサンタになるでしょう」

「え?」

「いえ、なんでも」


 そういうと、彼はソリに座ってトナカイへ合図を出した。


「では、失礼します」


 トナカイが空中を駆けていく。冬の星空は澄んでいて、そこへ溶けていくように走り去っていく様は、おっさんとは違ってとても優雅だった。


 そこから、強烈な眠気が襲ってきて、あとはなんだか記憶が朧気だった。

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