第1話
「あーあ。実が彼氏だったらいいのに」
そんな一言が、とんでもないことを招いてしまった。
「ねえー! さつきも行こうよ~!!」
私の腕に絡みついているのは、幼馴染の里佳子。小動物みたいな大きな瞳に長いまつ毛、真っ白い肌に、きれいな黒髪。非の打ちどころのない可愛さで見上げられると、なんでもお願いを聞いてあげたくなるくらいだ。
「なに、どこ行きたいの?」
これ! とスマホの画面を私の眼前に突き出す。
SNSに上げられている、テーマパークのクリスマスイベントの動画だった。
「そっか、もうクリスマスか……」
いこっか、と言いかけて、はっとする。
「いや、里佳子は篠本くんと行きなさいよ……」
半年くらい前だろうか、最近里佳子の近くにいつも篠本くんがいるな、と思っていたら、交際報告を受けた。
幼馴染のさつきには言っとこうと思って、と言われたが、大切な幼馴染をぽっと出の男に取られたようでなんだかちょっと寂しかったのは内緒だ。
でも、篠本くんは優しいし、良い奴だ。いや、何様だ私とは思うが、篠本くんなら里佳子を任せてやってもいい。
本当に何様とは思うが。
「悠とも行きたいけど、さつきとも行きたいもん。実も誘ってさ、四人でいこうよぉ!」
唐突に出てきた立花実の名前。私と里佳子の幼馴染で、小学校からずっと一緒だ。
「なんで実」
「うちらずっと一緒だったしさ~、いくない?」
「うーん……」
私が渋るのには理由があった。
里佳子が見せてきた動画には、カップル向けのフォトスポットや、カップル割の情報が満載だったのだ。
なんというか、ただの幼馴染の私と実が行くのは違う。
なんか絶対へんな空気になる。ご勘弁願いたい。
「りか」
いっしょが良い~、と駄々をこねる里佳子の背後から声をかけたのは篠本くんだ。
「楠木さん困ってるでしょ。なに駄々こねてたの?」
そう私困ってるんです。篠本くんナイスフォローですね。
「クリスマスパレードみんなで見にいこって言ってたの!」
「12月25日のやつ?」
特別パレードはその日限定。花火が上がって一番豪華な演出が見られる日。派手好きな里佳子が行きたがるのもわかる。
「うん、あたしと、悠と、さつきと、実! 四人で」
篠本くんは、うーん? と首を傾げる。
「……俺はいいけど、そのメンバーなら俺邪魔じゃない? 幼馴染三人のほうが……」
篠本くんのお気遣いに、里佳子は眉を八の字にする。
「えー。高校入ってからはこの面子でも遊んでるし、邪魔じゃないよ」
ねえ、里佳子、と聞かれて頷く。
「うん、それはもちろん」
幼馴染三人の中に一人高校からの友人が入ると不思議な雰囲気になるグループもあるようだったけど、私たちは下校の方向が一緒だったこともあって、四人で帰るうちすぐに仲良くなった。篠本くんがいいやつだからというのが大きいと思う。
彼は顔もいいし成績もいいし、性格も良い。
完全無欠とはこのことか。里佳子を任せましたよ。
何様だ私。
「なん、お前らまだいたの」
私の後ろから声が降ってくる。実だ。先生に頼まれて課題を職員室に運びに行って、戻ってきたところだという。
「まだいたんじゃなくて、待ってたの! 一緒に帰ろ」
里佳子がにぱ、と笑った。いつものルーティン。
隣のクラスの実と篠本くんが、私たちのクラスを見に来る。
二人が遅い日は里佳子と二人で帰るし、時間が合う時は一緒に帰る。
それが、日常。
いつもの通学路をいつもみたいに歩いて、十字路で里佳子と篠本くんは左に、私と実はまっすぐ行く。
その直前、里佳子が「ちゃーんと誘うんだよーっ」なんていうから、私は実にその話を切り出すことになった。
「なに?」
「あー、里佳子がね、クリスマスのパレードをみんなで見に行きたいねって誘ってくれたんだ」
「へー」
いいんじゃん? 行ってくれば? と実は言う。「みんなで」が誰なのかわかっていないと思う。
「あ、の、それでね、私は篠本くんと二人で行きなよって言ったんだけど」
「おう」
まあ正論だわな、と実は笑う。だよね? と食い気味で私も笑った。
「で、ね……里佳子は私とも行きたいって言ってくれてさ、だから実も一緒に、四人でどうかなって」
実は頬を掻いて、少し考えるそぶりをした。それから、
「んー、悪い、25日は俺パス」
「そっか」
「その週、塾入ってるし。年内最後の追い込みで」
高校三年生。大学受験を控えている実のその言葉はド正論だった。
私と里佳子は推薦でもう大学が決まっている。
篠本君はスポーツ推薦で決まったと里佳子から聞いた。
進路が決まっていないのは実だけだ。一般受験で、このあいだの模試の結果は彼曰く「まあまあ」だそうで……。
そりゃあクリスマスに浮かれている場合ではない。
「さつきは推薦決まってるし、ゆっくり遊びに行って来たらいいじゃん?」
「う、でも二人の邪魔するみたいでちょっとさ」
「里佳子がいいつってんなら良いんじゃねえの?」
いやまずいって、と私は否定する。
いくら本人が良いと言っていても、リア充のイベントに一人もんが……カップルに! ほいほいついていくのは絶対に違う。
普通に二人を応援して、私は家で過ごせばいい。違いない。
けれど、実に断られた瞬間に、少し。
ほんの少しだけ胸が痛んだ。
……胸が痛んだ? なんで?
私たちは、もはや互いを男女として見ていない。
見ていないはずなんだが。
なのに、パス、と言われたときにどうして胸が痛んだんだろう。
玄関の扉を開けて、お母さんに帰宅を伝え、二階の自分の部屋に上がる。
着替えを済ませて、ベッドにぱふん、と腰掛けて答えのない感情に頭を抱えた。
違う。絶対実はそういうんじゃない。
はずなのに。
混乱してきた。
パレード? 思ってたよりパレードを見たかったのかな、私。
暗くなった窓の外。ふと見れば、雪が降ってきていた。
そのままベッドに仰向けになった私の唇からこぼれたのは
「あーあ。実が彼氏だったらいいのに」
はっとして口を手で覆う。
何言った? 今。
その時だった。
シャンシャンシャンシャンシャンシャン……。
何の音だ?
シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン!!
鈴? 鈴の音? なんかクリスマスソングの初めとかに入ってそうな音がする。
と、ともに、陽気なジングルベルが外から爆音で聞こえてくる。
「うるっさ……!」
変な暴走族もいるもんだな! 私は眉を顰めて立ち上がる。
「ハァーッハッハッハッハーァァァァ!!!!」
うるせー! イラっとして、窓をガラッと開ける。
誰だ馬鹿笑いしてるのは!
「メェエエェェエェエリィクリスマアアァァァァアス!!!!!!!!!」
どでかい声でクリスマスのご挨拶をくれたのは、なにやらやばそうな男だった。
げ。やばい。これはやばいぞ窓閉めよう。
慌てて窓を閉めようとすると、男が足をねじ込んでくる。
やばい、スマホはベッドだ。叫ぶしか。
「お、おまわりさ」
「いやいやいやちょっと待ってくれお嬢さん話を聞いてくれ!!」
この状況で話を聞くと思うか? 私はそいつの顔をよく見る。このまま逃げられたとしても特徴を通報できるようにだ。
白い付け髭に四角い黒縁眼鏡、真っ赤なサンタ服にサンタ帽。クリスマスまでまだ一週間あるが、気の早い変質者だ。
「お引き取りください」
ぐぐぐ、と私の手とそのおっさんの手で窓を押し合う。
「私はサンタだァッ! いちっ、にっ、さんタだァっ!!!!」
「いやどうみても変質者でしょうが」
「どーみてもサンタさんだろう!」
「変質者!」
「見てくれこのサンタ服!」
「どこの量販店でお求めですか?」
「おひげ!」
「付け髭ですよねそれ」
「サンタソリ!」
「どうみても子供用ボブスレーですが」
とにかく出てってください警察呼びますよ、という私に、自称サンタのおっさんはにやりと笑った。
「それじゃあ、ここは何階かな? お嬢さん」
ひゅう、と風が吹き抜けた。
「二階……」
私の部屋の下には足掛かりになるものは何もない。壁をよじ登っていたとして、こんなにまっすぐ立てるわけない。
そう、おっさんは立っていたのだ。赤い子供用ボブスレーの上に、二本の脚で、しっかりと。
「う、浮いてる!?」
「そう! サンタパゥワーで浮かせているのだ!」
パワーの発音が絶妙にウザい。
「さんたぱわ……トナカイは?」
「用意できなかった。まだトナカイライセンスを取得していないのでな」
トナカイライセンスとかあるんだ。知らなかった。
トナカイなしのコスプレ変質者のおっさんは、確かにいろんな意味で浮いていた。ふわふわと、浮いているボブスレーの上に立っていた。どや顔なのがすごくウザい。
「で……何しに来たの?」
こんな奴に耳を傾ける私もどうかしていると思うが、浮いているのは確かに不思議。サンタパワーとやらで浮いているおっさんは、得意げに胸を逸らした。
「君の願いを叶えに来た!」
「は?」
「さっき君、『ナントカ君が彼氏だったらいーのに(はーと)』と言っただろう!」
「言ってない」
「言った」
「実が彼氏だったらいいのにとは言ったけど誇張するのやめてもらえます?」
それだ! とおっさんは人差し指を私に向ける。人を指さしちゃいけませんって言われたことないの?
「実君とやらを、君の彼氏にしてやろう!」
「は? どうやって」
「サンタパゥワーでだ!」
「え……、……は!?」
あまりにも突拍子もないことを言うから、会話についていけない。
サンタパゥワーが、なんだって?
なんで実が私の彼氏になるって?
「楽しみにしているがいいッ! ハァーッハッハッハッハッハァァァッ!!」
「え!? ちょっと!!」
シャンシャンシャンシャン! と音を響かせ、また高笑いと共におっさんは夜空へ消えていった。消えていった? なるほどほんとにサンタパワーとやらは使っているらしい……。
やや、沈黙。
人間は本当にわけのわからないものに遭遇すると固まってしまうというのは本当らしい。
私は数秒固まった後、はっと我に返り、下の階へ降りた。
「お母さん!」
「どうしたのさつきそんな慌てて」
お母さんは平然としている。上の階であんなに騒いでいたのに、なにも聞こえてなかったの? これ、逆に私が騒いだら頭の心配されるやつじゃん。
「えっと、そのー……わたしうるさくなかった?」
「全然? なんにも聞こえなかったよ」
ほんとに? あの爆音の鈴の音とジングルベル聞こえてなかったの?
そうは言えず、私はちょっと友達と通話盛り上がっちゃって、と笑ってごまかした。
お母さんは、ほどほどにね、と言って、夕飯の支度を進めている。
何もなかったんだ。
夢だ。多分。
いや絶対夢。
言い聞かせて、私は食卓に着いた。
明日はクリスマスイヴですね。ということで、過去にラジオドラマの脚本として書いたものを小説に直してこちらへ後悔することにしました。皆さんのクリスマスが素敵な日になりますように。お楽しみいただけますと幸いです。




