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第一話 王様、それ二択じゃなくて一択では?

 

 私は、今まさに人生の岐路に立たされていた。

 正面には玉座に片肘を預け、黄金の瞳で面白くもなさそうにこちらを見下ろす王様の姿がある。

 一方、その右側には――脇卓の上に鎮座した毒杯と立て札。

 天井近くまで届く大きな窓から差し込む光が、王様をまばゆく照らし、グラスは光をはじき返している。


「選べ。俺の妃となるか、女神ユニスの御許へ旅立つ栄誉を受けるか」


 落ち着き払った声は無駄によく通り、玉座の間に反響する。

 王様の後ろに護衛の騎士が二人立っている以外、人がいない。

 沈黙が落ち、玉座の間はさらに広く感じられた。


 ……いや、待って。

 ついさっき“託宣だ”とか言われて、半ば強制連行されたばかりなんだけど?

 この二択ってどういうこと?

 なんとなく理解はできる。

 けれど、したくはない。


 さっきまで、神殿で掃除していたというのにいきなり城に連れてこられ、湯浴みや着替えの世話を焼かれ、神官長に玉座の間まで引っ張ってこられた。

 王様の顔なんて初めて見たし、妃だとか言われても実感の湧きようもない。

 格好いいけど怖いんだよ、圧が。

 神官長なんてどっかに消えてるしさー。

 大体、これ二択じゃなくて一択じゃない?

 私、まだ死にたくないし。

 だって、十八歳よ?

 人生まだまだこれからじゃない。


「驚きで声も出ぬか。わからぬではない。俺もまさか俺の妃が貴様のような小娘だとは思わなかったからな」


 王様、普通に口悪いな。

 顔はいいけど、そんなんじゃ女にモテないよ?

 私もタイプじゃないよ?


 冷たい眼差しが突き刺さって痛い。

 好きでこんなところにいるんじゃないのに。

 嫌ならやめればいいじゃない。

 王様なんだから。


「なぜ自分なのだという顔だな。俺も知らぬ。巫女の託宣で、俺の妻は貴様だと出たと聞いた。だから呼んだ」


 王の妃は、いつも女神ユニスに仕える巫女が受ける託宣により決められると聞いてはいたけれど、今までは貴族令嬢の中から選ばれていたはずだ。

 なのに、なぜ孤児の私?

 その託宣、間違っているのでは?


「……何度も確認させた。嘘ではない。貴様、すぐ顔に出るな。その癖は早々に直しておけ。見苦しい」


 なんか、心の中全部見透かされてるんですけれど。

 そして、やっぱり口が悪い。

 既に乙女心がズタボロですよ。


「……あの、そのほかの選択肢は?」


 私の言葉に、王様の右眉が上がった。

 口角が上がっている。


「小娘。面白いことを言うな。それが今生最後の言葉で悔いはないのだな?」

「ないわけないでしょう!」


 ――終わった。

 王様にツッコんでしまった。

 私は視線を毒杯に向ける。

 普通さ、毒杯ってわかっていてもワイン風とかそんな風にセットしない?

 毒杯って札、立てておく必要ある?

 入れ物は素敵なグラスだと思うけど、そこじゃないんだよ!


「あのグラスに入っているの、本当に毒なんですか?」


 透明なグラスに注がれた赤い液体を見つめる。

 少量しかないのが、やけに上品。

 実は、高級ワインだったりとかしない?


「試してみるか? 止めぬぞ?」


 王様の口元が弧を描く。

 でも、金色の目が笑っていない。

 冷ややかだ。むしろ、吹雪だ。


「いえ、遠慮します」

「賢明だな。これからは、己の発言に対して責任を持つようにせよ」


 私はそっと上目遣いで王様の姿を観察する。

 白いシャツにベルベットの赤いジャケット。

 黒いパンツ。

 細身ながら、鍛えられた体つきだとわかる。

 私が掃除婦として働いていた神殿にも騎士団があったから。

 背中あたりまである、首の後ろで一つに束ねた明るいブロンドの髪と、少し濃い金色の瞳。

 美しい、とは思う。

 そして、その美しさが余計に怖い。


「十分に時間は与えた。さぁ、選べ、小娘。選択するのは貴様だ。その後は保証せぬがな」


 この『俺を選ぶのが当たり前だろう』感がむかつくのだが、それしか選択肢がない私は


「じゃあ、王様で」


 と答え、


「小娘。王を相手に随分と不敬だな」


 と、言いながらも不敵に笑う王様から目が離せなかった。



 *  *  *



 王様との結婚は、過酷以外の何ものでもなかった。

 まず、孤児の私と結婚式を行うという。

 それも、諸外国のゲストも招いて。


「王様、私マナーとか知らないんですが」

「知らないなら覚えれば良い。簡単なことだ」


 いや、孤児の私になに要求してくれてんの?


「そりゃ、お貴族様は既に教養がおありでしょうから難しくないかもしれませんが、私、せいぜい字が書けたり読めたりする程度ですよ? わかってます?」

「覚えるまで寝られぬと思え。その場限りの作法で十分だ。すぐ終わる」


 あれから私たちは王様の執務室へ移動した。

 さすがに玉座の間ほど豪奢で広くはないが、一枚板の厚いテーブルや猫足のティーテーブル。

 ふかふかそうな大きなソファー。

 どれもが傷つけたら首が飛びそうだと思えるものばかりだった。

 今も、王様は目の前で机の上に積まれた書類に目を通していて、私に目を向けようとすらしない。


「それは、できる人の言葉ですよ。言っておきますが、私は孤児にしてはできる方です。王様とは物差しが違います」


 この男、偉すぎて本当になにもわかっていない。

 私は、目の前にいる私の夫になるらしい人間の正式な名前すら知らないのだ。

 怖すぎて言えないだけで。


「やかましい。孤児だと連呼しなくても知っている。貴様の身辺調査書にも目を通した。その上で言っている」


 意外だった。

 王様、本気で私と結婚する気だったのか。


「文句を言う暇があれば、まずは式の順序を覚えろ。必要な書類はそこに用意してある。明日からは講師もつけるゆえ寝坊するなよ」


 いつの間に来たのか、私の隣にいた王様の側近らしい男性が、私にそっと書類の束を渡してくれる。

 私はその書類を素直に受け取り、目を通してみた。


「……字が難しくて読めません」


 聞こえる深いため息。

 それでも、こちらに目を寄越さずに書類にサインし続ける王様。


「今夜中に貴様でも読めるように書き直させる。今日はもう下がって良い」


 私たちの結婚は、どうあっても覆らないようだった。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


俺様な王様と、孤児の少女のラブコメです。

全五話の短期連載で、本日21時より完結まで連日更新予定となっています。


軽めに読めるお話ですので、

よろしければこのまま最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


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