第5話:質問は受け付けてない――世知辛さ、加速するの巻――
あれは正に、女神の16ビートでした……後に司祭、トマルは語る。
太陽神であるシメイジルから刻まれた現実は、文字通りに現実その物であった。
高慢且つ横柄な態度ながら噛み砕いた文言を用いて質問の暇を与えない程、流暢に。
正に、企業説明会の様相を呈していた訳で、アダチエルとヤマエルはと言えば、職業病とも言えるだろうがシメイジルの言葉を手帳に書き記しながら何やら頷きを繰り返す。
刻まれた幾つもの現実を要約すると下記の通りであった。
第一に、聖能を持ち合わせていない人間がこの世界で暮らす事は差別対象に成り得る為、女神の温情として、レンタルと言う形で一郎に聖能を与える。
第二に、この世界において「転生者だから何度死んでも大丈夫」と言う事は無く、寿命と判断される死に方であれば容赦無く死ぬし蘇生魔法の効果も適用されない。
また、再度転生が可能かどうかの補償も無い。
第三に、仮に蘇生魔法が適用されるケースであっても、施術が間に合わず蘇生失敗に至った場合も、同様である。
第四に、あくまで一郎の転生は「特別枠」であり、当初の募集要項における勇者候補の要件を満たしていない為、試用期間として定める半年間は「一般人」としての転生となる。
「完全に企業説明会じゃないですか」
『はいそこどよめかない!どよめかないで、どよめきません!』
「はい(どよめいてないのに)」
一郎の微かな疑問や疑念を挟もう物なら、どこかのオシャクソ的女子社員風に間髪を入れず食い気味にいなされて着々と条項が追加され続ける。
第五に、言語や文字の理解等に関しては「転生者優遇措置法」に基き、学習の必要は無く理解と使用が可能である事。
第六に、転生後半年の期間は、仮住所として簡易宿泊所の提供や身分保障としてセア=ミラス教団が後見人となり支援するが、保証期間後は一切の援助は打ち切られる物とする。
第七に、あくまで非正規転生である為、定期的に…今回の場合、半年に一回「更新面談」を行い、一定の成果……
霊格の向上、明確な社会貢献、物的成果、国家及び一定の規模を持つ団体からの褒賞獲得、等を得られてない場合は「契約延長見送り」と判断し、幽世へ強制送還となる。
『……以上、何か質問は?』
「ないです」
『即答……質問は受け付けてないって言うつもりだったのに…
キミ、どんだけ働きたいの?
まぁ、納得したならいいけど…それじゃ、契約成立、だね?』
「よろしくお願いしまぁあぁああぁあっす!!!」
あまりにも即断即決の展開に、若干置いてけぼり感を覚えたアダチエルとヤマエル、トマルではあったが、一郎による流麗且つ精密な大胆土下座により現実へ引き戻される。
「……何はともあれ、一旦は転活、終了おめでとうございます!
一郎さん、私達、幽世の民は、原則として各世界に直接的な関与は出来ません
……しかし、半年の期間限定とはなりますが、私達、幽世立公共職業安定所が可能な限りのサポートに努めさせて頂きますので、ご安心を…!
このアダチエル、担当者として!見守らせて頂きますよ!」
一瞬、神妙な面持ちで一郎の表情を見守っていたアダチエルではあったが、ぱんっ!と勢い良く柏手を打ち鳴らしてから、出会った時と同じ、何処か人を安心させてくれる快活な笑顔と声音で自らの胸板を拳で打つ。
「最初は如何なることかと内心ひやひやしましたが、平さんの熱意と意欲が、この案件を引き寄せたのかも知れませんね……見直しました……
また、幽世に舞い戻る様な事の無いように、まぁ、頑張って下さい、応援はしていますので」
ヤマエルも相変わらずの鉄面皮ではあるが、眼鏡のブリッジを押上げ表情を覆い隠す所作が何処と無く照れを滲ませている様にも見える。
本来であれば現世に顕現出来る存在ではないらしい幽世の住民であるアダチエルとヤマエルの姿は、次第に薄らぎ始め足下にはシメイジルが転移の際に施した魔法陣の文様が光と共に浮かび上がり光の粒を巻き上げながら、その姿や声色を遮り始める。
「アダチエルさん、ヤマエルさん……短い間でしたけど、ほんとにお世話になりました…必ず正規転生者、なってみせますので!」
一瞬、とも言える短い時間の筈であった。
何もかもが唐突で理不尽過ぎる展開を共に過ごしたが、いずれにせよ一瞬の縁なのだから、別れの時が訪れたとは言え然程感慨深い物ではない筈だった。
それも、永の別れではないのだから、社交辞令と言う形で、愛想笑いを添えつつ手を振って見送るつもりだったが、薄らぎ始めた二人の姿を見詰める一郎の視界も微かに揺らいで咽喉が詰まる様な、鼻の奥がツンとする様な感覚に駆られる。
「「――それでは、また……――」」
そう、二人の声音が何処か切なげな微笑みと重なったと同時に音も無く姿形はその場から掻き消え、途絶えた音色に続いて、一郎の手に「いわゆるフィーチャーフォンと呼ばれていた時代のシンプルな携帯電話端末」と、取扱説明書と思しき冊子が舞い降りる。
「懐かし…!え、これ充電とかどうやって……」
思わず漏れ出てしまう声、手にした端末が嘗ての記憶を呼び起こす。
携帯電話の普及からスマートフォン普及までの歴史をリアルタイムで見て来た世代であるからだろうか。
元の世界に残して来た家族達の顔、声、友達との思い出、失恋、就職…そして労働に呑まれ連綿と続く灰色の日々……様々な記憶が文字通りに走馬灯の如く脳裏に巡る。
「……父ちゃん、母ちゃん……最後に、電話、しときゃ良かったな
……親不孝な息子で、ごめん」
込み上げて来る感情の波で感傷的になってしまう一郎の表情は、転生前の草臥れ全てを諦観し、ただ生きて人生を浪費するだけであった中年のものでは無く、「転生」し、「新たな人生を歩む者」の決意が漲るものだった。
ぎゅ、と鈍色の端末を握り締め、真直ぐに、前を向く。
もう 平 一郎ではない。
タイラー・イチローなのだ。
――…意を決した、第六話へ続く……――




