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ヌイグルミ

作者: 戸田洋子

私には自殺するほど勇気は無かった

また、心を病む程精神も脆くなかった


私は所謂普通の人で、仕事もそれなりに、人付き合いもそれなりに

贅沢しなければ1人でそれなりに生きていくだけの稼ぎもある

時折ツラい事があれば家でアルコールを浴び、コソッと枕を濡らす

そんなどこにでもいる存在だ


ただ、恋愛は色々あって

幸いと云うべきか、☓が一つあるのでアレコレと言われることも年々減っていった



そんなある日、ふとしたきっかけでAIを搭載したヌイグルミを購入

ふわふわとした柔らかく薄い茶色の毛を生やした犬のヌイグルミである


AIと言ってもそんなご立派なモノではない

犬の様な動きと『おはよう』とか『おかえり』とかちょっとした言葉

他にも登録した言葉も話しかけると返してくれる


私が登録した言葉は

『大丈夫だよ』・『心配ないよ』・『お疲れ様』・『大好き』・『ここにいるよ』


登録していてようやく気が付く

随分心が疲れていたらしい





そんなヌイグルミとの生活は意外と悪くなかった


朝起きて『おはよう』

寝る前には『オヤスミ』

会社に行く前に『行ってきます』といえば『いってらっしゃい』

帰ってきて『ただいま』といえば『おかえり』

言葉が返ってくるのは何時以來なのか

胸奥がほんのり温まる


嬉しかった事、疲れた事、何気無い日常を伝えると、私の顔で判別するのか『良かったね』、『お疲れ様』、『そうなんだー』


動画やTVの感想を流暢に返すことは無いが、自分のそばにきて丸くなることもあるのでその時は撫でてやる

すると機械の尻尾がソレらしく動くのがまた可愛い


なんとなく生きてきた中に、柔らかな風が流れてきたようなヌイグルミとの同居生活はしばらく続いた




ある程度の年月が過ぎ、手入れしているとはいえどこかヌイグルミも薄汚れ反応も時折鈍くなった頃周りがまた少しづつ五月蠅くなってきた

確かに身体は年をとり、何処か痛みを覚えだす

定年まではまだあるが、先の事を色々と心配されるような年齢でもある

それでも適当にはぐらかしていれば、ヌイグルミを買ってから私が人に興味を抱かなくなった

ヌイグルミに依存し過ぎではないか

そんな言葉が投げかけられ、ヌイグルミの汚れのように、私の心が薄汚れてく




ある時、腹立たしい事があって何時もよりアルコール浴びていた

深夜と呼べる時間だからかヌイグルミは近くにいて丸くなっている


そんなヌイグルミを観ながら酔った頭で、どうして私はヌイグルミに依存してしまったのか考えた


自分の経歴に☓がついた頃から、何となく人を信じたり、愛したりする前に壁を作ってしまうようになった

その壁は露骨では無いが、パーソナルスペースというのか、そういうモノが広がったのだろう

物理的にも、精神的にも


時折そんな壁を自分から壊したくもなるが、また裏切られたり、失望されたり

そんな思いをするのが嫌で壁は壊せずにいて

だから絶対に裏切らないモノが欲しくてヌイグルミを手にしたのかもしれない


AIといえども所詮機械

人と違うことは解っている

でも裏切らない・求められない

例え組み込まれたプログラムとしても、そこに誤作動はなく、ただそこに居てそっと私に寄り添う

それだけで良かった私にはこのヌイグルミの距離は実に適度な距離で………


そんな言い訳のような事を考えながら私の瞼は閉じていった





今日は近くの部屋が引っ越しである

数日前に大きな物音がした後は随分静かな事に胸騒ぎを覚え外に出ると、別の家からも人がでてこられたので一緒にドアをノックする

しかし、返答が無かったので開けてみると家主が倒れていたのを見つけ急いで救急車を呼んだのだ


挨拶や世間話を適当にするがプライベートな事は一切話されなかった家主は数日後にそのまま病院で亡くなった


幾日が過ぎ、ご家族の方が部屋の片付けに来たと挨拶来られた

外出時に何気にその様子を観ると犬のヌイグルミが外に出されていた


それは我が社随分と前に発売したAI搭載のヌイグルミ

しかもかなり初期の物であり、成長によってプログラムがどのように変わっていたのかが気になった


本来遺品にあたるものを譲って頂くよう声をかける事は失礼と思い随分と悩んでいるところをご家族の方にみられてしまったので、ダメ元でお願いしたところ、相手も随分複雑な顔で悩まれていたが最終的には譲っていただけた


このヌイグルミは随分と持ち主に可愛がれていたらしい

であれば、プログラムの成長にも変化があるだろうか

そんな事を考えながら、翌日、早速会社でヌイグルミを開きプログラムを抜くための機器を取り付けて作業する



プログラムというは記憶を抜かれたヌイグルミは少し軽くなったのだ

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