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第一希望!

作者: 山村

 自習と書かれた黒板と、教師がいないという状況に教室内は控えめながらも賑わいを見せている。

 授業の終わりと共に回収すると言われて配られた進路希望調査のプリントさえ埋めてしまえば後は自由。進学を起動している者は今から文字通り自習に勤しんでいたり、進学希望でも悠長に隣の席の生徒とお喋りをしている者もいる。

 かく言う俺もさっさとプリントを埋めたので自由であったが、自習するつもりはなく手持ち無沙汰を誤魔化すようにちらりと後ろを見やった。

 後ろの席の春日は険しい顔で進路希望調査のプリントと睨めっこしていて。仮にも女子がそんな顔すんだよと失笑してしまった。


「ふはっ。おま、女子がしていい顔じゃねーし」

「若戸」


 プリントから顔を上げて俺を見つめる目はありありと不満を伝えている。しかし、いつもならば文句の一つでも出てくる口から言葉は出ず、代わりに溜め息を一つ漏らすだけだった。


「何」

「ねぇ、若戸は進路なんて書いた?」

「俺は家」

「そっかぁ……そうだよねぇ」


 俺は親が自営業なので高校を卒業したら親の手伝いをするつもりで、進路希望もそう書いた。そのことは春日も知っているから、あからさまに項垂れる。


「きっと今川君も家業を継ぐんだろうなぁ」


 そう、ため息交じりに呟くのを聞き、何故今川の話が出てくるのだろうと彼の女の旋毛を見つめる。確かに今川も実家がパン屋で普段から手伝いをしているのできっとそれを手伝って行く行くは継ぐのだろうとは感じているが。わざわざ話題にするほどだろうか。


「何、春日って今川が好きなの?」

「何でそうなるわけ? 脳みそ花畑野郎」

「……」


 最後の言葉は聞かなかったことにして。どうやら春日は今川が好きという訳ではなかったらしい。彼女は目鼻立ちの良い顔を上げて俺にきっぱりと言い放った。


「私はね。若戸や今川みたいに将来が安定している奴らが憎い」


 春日の口から出てきたのはただの僻みだった。それからまた机に突っ伏した。

 普段の姿からは想像もつかない程に荒んでいる。


「別に自営業ってだけで安定してる訳じゃないし」

「でも迷いなく書けるじゃん」

「それはまぁ……そうだけどさ」


 春日は進路に迷っているのだろうか。彼女の腕からはみ出ているプリントを見つけ、そっと腕を持ち上げてそれを抜き取って見た。


 何だ。第一希望の欄だけはしっかりと埋まっているじゃないか。


「へぇ、春日は大学進学すんだ」

「……ちょっと何勝手に見てんのよ」

「なのになんでそんなに暗いわけ?」

「……」


 やばい、黙ってしまった、俺は今確実に春日に睨まれている。大学進学の何が不満なんだ。

 春日の目指している大学はそれなりに有名で、頭の良い彼女なら多分入れる。だのにそこまで荒む理由があるだろうか。

 春日は俺からプリントを奪い返すと第一希望の欄を消した、プリントは名前以外白紙に戻った。


「先生にも親にもこの大学行くように言われてるの。私の頭なら簡単に入れるって」

「何それ自慢?」


 主に成績が微妙にヤバい俺に対する。そう付け足すと、違うの、と言葉を続けた。


「私の父さん、この大学の教授なのよ……」

「……なんか気の毒」

「それに高校卒業しても勉強なんてしたくないし」

「あー、それは分かる」


 正直家の手伝いをするのも勉強したくないってのもあるし。目を伏せた春日は再び溜め息を吐いた。


「かと言って行きたいとこもやりたいこともないし」

「そんなにため息吐いたら幸せ逃げるぞ」


 春日のの眉間に寄ったシワをつつけば、若戸が羨ましいと言われた。

 別に俺は春日が羨ましがるような人間はない。寧ろ頭が良くて将来有望な春日が羨ましいくらいだ。


「どっかの男に永久就職したい」

「どこの」

「公務員か社長」

「なんかバブル期みたいだな」

「なによー……。あ、この際若戸でもいいや、養ってよ。若戸の扶養になりたい」


 すごい告白みたいな台詞を平気で言う春日に内心どきまぎしてしまう。しばらくして自分の発言に気づいたようで、特にそんな深い意味はないよ、と笑った。


「若戸にそんな甲斐性あるとも思えないしねー」


 けらけらと笑う彼女に、このままでは釈然としないので俺は再び彼女のプリントを奪い取り自分の机でペンを走らせる。


「ちょっとなにすんのよ!」

「いいからいいから……ん、返す」


 不快そうにプリントを受け取った春日に今度は俺が笑う番だ。今の俺はきっとしたり顔をしているのだろう。

 じとっとプリントを見て唇を尖らせる春日。


「……第一希望永久就職って、どこによー」

「名前欄をよく見ろ」


 死線を上に動かした春日が驚いたように目を見開いて、すぐに俺を見た。


「……マジで言ってんの?」

「マジで言ってるつもり」

「ふーん……」


 素っ気なく呟いたがその目元は喜びを隠しきれていない。プリントで遮られているがきっと口元もにやけているのだろう。

 あと一年後には彼女の名字は春日ではなくなる。

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