2.泣き虫で心優しい魔王の決意。
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――戴冠の儀、臣民への披露を終えて。
その日、ガイアスにとってはようやく心の休まる時間がやってきた。
先ほどまでの腹痛もどうにか収まり、いまは何事もなかったかのように気持ちが和いでいる。私室にて明日からの仕事へ向けた報告書を読みながら、強面の青年は静かに笑みを浮かべた。
「なーに、ニヤけてんの」
そんな穏やかが過ぎる幼馴染みに指摘したのはレシリーだ。
彼女は当たり前のような顔をして、ガイアスの私室でくつろいでいる。青年もそのことを気に留める様子もなく、レシリーにこう返した。
「いや、一歩踏み出したら気持ちが入ったというか……?」
「だったらそこは、もっと不適に笑いなさいよ。いまのアンタ、どう見ても世界平和を願う神様みたいな表情だったわよ?」
どうやら、いざ魔王に就任して覚悟が決まったらしい。
しかしレシリーの言う通り、ガイアスの浮かべている微笑みは優しすぎるのだ。おおよそ『魔王』と呼称される者が浮かべるそれではなかった。レシリーとしても、ここはもっと邪悪な企み顔を希望しているようだが、青年は首を左右に振る。
そして、さも当たり前のように言うのだった。
「そんな笑い方、僕はできないよ。だって――」
ほんの少し、小首を傾げて。
「人間界を侵略する気なんて、ないもん」――と。
それはまさかの宣言だった。
とても臣下臣民の耳には入れられない言葉。
だがレシリーは口角を引きつらせつつも、こう訊ねるに収めた。
「……で? そんなアンタは、まず何をする気なの」
まずは指針である。
彼が何を考えているか、それを聞かなければならなかった。
幼馴染みを続けてかれこれ十五年。レシリーもこのガイアスという青年の性格と、思考は理解できていた。彼は『あり得ない提案』はするが、必ず『考えた提案』をする。
おそらく今回も、何かしらの思惑があるのだろう。
彼女がそう考えていると、彼は一枚の紙を取り出して話し始めた。
「まずは、インフラ整備からだよ。レシリー」
「……イン、フラ…………?」
だが、聞き馴染みのない言葉に少女は首を傾げる。
するとガイアスは、こう補足する。
「簡単に言えば、魔族のみんなが暮らしやすい環境を作ろう、ってこと。例えばいまの城下町って、どこにでも水が行き届いているわけじゃないでしょ?」
「……そうね。一部の上級魔族が独占してる」
「それをまずは、他の一般魔族にも解放しようと思っているんだ」
「マジで言ってる……?」
その話を聞いて、レシリーは眉をひそめた。
何故なら彼の言っていることは、単純なように思えて『魔族の摂理』に反しているから、だ。少女がどこか苛立ちを見せたのは、それが原因。
ガイアスはそんな彼女を見て、しかし怯むことなく首を縦に振った。
「本気だよ。……えっと、魔族は力ある者がすべて、だっけ?」
そして、その『不文律』を口にする。
魔族とは強き者に絶対服従であり、逆らうことは許されない。誰もが口に出すわけでもなく、明文化されているわけでもない。しかし本能に近いところで、その考えは根付いていた。
つまりガイアスの提案は、それを根本から覆す内容に他ならない。
だからこそ、レシリーは思わず反発しかけた。だが、
「ねぇ、レシリー……? いま、魔族で一番なのは誰だっけ」
「…………え?」
それを封殺するように。
ガイアスは『にこやかに笑って』そう訊ねた。
対してレシリーは少し考え、すぐに声を震わせる。
「アンタ、もしかして……!」
どうやら気付いたらしい。
幼馴染みの魔王が、いったい何を考えているか、を。
そして、それを肯定するように青年はこう口にするのだった。
「魔王って、僕なんだよね。だから、僕の提案には誰も逆らえない」
「………………」
その言葉に、レシリーは震え上がる。
もしかしたら自分はこの幼馴染に対して、とんでもない思い違いをしていたのではないか、と。そのように考えて、緊張したままでこう訊ねた。
「アンタ、それが何を意味するか分かってる?」
彼の行おうとしていることが、何を意味するのか――と。
「……うん、わかってる」
対して、ガイアスは変わらぬ微笑みで言うのだ。
「みんなのために、僕は喜んで『暴君』になるよ」――と。
そこにあったのは、たしかな決意。
彼のそんな表情を見せられては、幼馴染みも何も言えなかった。
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