墓地
ロルフの育った羊人間の村は、ロルフの家から少し山を下りたところの、日当たりのよい盆地に位置していた。レンガ造りのかわいらしい家々が並び、石畳の舗装された道が治安の良さを物語っていた。幼少の頃、おばあさんと一緒に住んでいた家を見つけて少し切なくなるが、村に降りていくことはせず、まっすぐ村はずれの墓地に向かった。少し小高い、ぽっかりと開けて木が生えていない場所だ。ただ静かに涼しい風が吹いていた。
家のそばで摘んできた白い花を墓の前に供え、跪いて冥福を祈る。
「おい、こんなところで何してるんだよ」
唐突に声が降ってきてロルフは振り仰ぐ。羊人間の青年だった。首から銀色に光る笛をかけ、片手には箒を持っている。木漏れ日が笛に反射した。
「やあ、ジャン」
ロルフは立ち上がった。ジャンは幼いころの友達だった。数年会わないうちに彼の身長は伸び、頭の上の角も大きくなり、立派な羊人間の青年に成長していた。
「見ての通り、墓参りだ」
ロルフはジャンの首から下げられた笛を指さす。
「あこがれの村の防衛部隊に入れたんだな」
防衛部隊は村の若者が集まり、協力して村を脅威から守っていく組織だ。
「そうだ。この笛がその証。それより、わかってると思うけど、これ以上村には近づくなよ」
ロルフは軽く頷く。ロルフは五年前、村を出るときに、村には極力近づかないことを約束させられたのだ。体が大人の狼に成長していくロルフを怖がる村民も少なくなかった。
「もう行くよ。……みんなは元気?」
「普通さ。いつも通り平和で何にもない」
「そう」
ロルフはジャンに背を向けると、ポケットに両手を突っ込み、ゆっくり自分の家のほうへと歩き出す。
「なあ、ちょっといいか」
ジャンが声をかけたので立ち止まる。
「今後はもう、村の図書館にこっそり出入りするのもやめてくれないか。こっそり裏口を開けてたのとか、バレそうなんだ。狼の臭いがすると、村のお年寄りが心配する。ここのところよく狼の臭いがしてるって、問題になっているんだ。俺も多少は自分の身を守らなきゃならなくなったし……」
「身を守る?俺がお前を食うって?」
ロルフは振り向いてジャンをにらみつける。ジャンの顔に一瞬怯えのような表情がよぎり、ロルフはまたそこにいらついた。
「違うよ。ただ、俺は、その、お前が……」
「俺がなんだよ」
ジャンからは、ロルフの知らない香水の匂いがした。ジャンは大きく息を吸って、吐きだしてから、うつむいたままで言った。
「お前が、狼だから」
「――ああ、そう」
ロルフは踵を返し、さっきよりも速足で墓地を後にした。