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青き踏む  作者: 岡倉桜紅 原案:露
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この作品は、作品のアイデア、原作を露さん(https://mypage.syosetu.com/2330938/)にいただいて、私が設定、執筆を担当した合作となっています。

作品完成までにアドバイスをくださった方全員に感謝します。

静かな部屋に月明りが差し込んでいる。

「羊が九十八匹、羊が九十九匹、……羊が百匹」

ロルフはおばあさんの膝の上で身じろぎをした。

「おや、まだ眠れないかい」

おばあさんはロルフの頭のてっぺんから生えたふさふさの耳を優しくなでて言った。ロルフは頷く。ロルフの目は月光と同じ色に冴えわたり、不安げにきょろきょろ動いていた。

「そうかい」

おばあさんはカーテンの隙間からまん丸の月を見上げた。月光は、おばあさんの頭から二本生える、くるりと渦を巻くような大きな角を、窓とは反対側の壁にくっきりと映し出していた。

「今夜は満月だからねえ」



「……ぷはっ」

濡れた顔をぶるりと振って蛇口をひねって流水を止める。顔を手のひらで拭い、鏡の中の自分と目を合わす。

「よう、おはよう。……ロルフ」

気だるげで、同世代の若者に比べればいくらか生気のない目をした青年がこちらを見ていた。若者特融の欲求不満か、生まれ持ったペシミストの性かはわからないが、いわゆる世間になにか不満をもつ若者がしている鬱々とした表情と思ってもらえればいい。ふん、と鼻を鳴らし、ロルフは鏡の中のだるそうな青年との視線を断ち切り、洗面台の下の戸棚から剪定ばさみを取り出した。

ロルフは狼人間である。基本的に人間に近い姿をしているが、頭のてっぺんからはピンと立ち、時には倒れるふさふさで灰色の毛の生えた耳が生え、お尻には太く、だらしなく垂れ下がらせた尻尾が伸びている。顔はほぼ人間と同じ作りだが、暗いところでも良く見える目と、よく効く鼻、たいていの肉なら嚙みちぎれる鋭い歯を持っていた。

ロルフはガーデニングでよく見るタイプの剪定ばさみを器用に使って、自らの鋭い爪を切る。爪は毎朝切るようにしている。なぜなら、毎日伸びてくるからだ。いまいましい爪だ、とロルフは顔をしかめる。

爪切りを終え、ロルフはキッチンに向かい、朝食を用意する。パン、ドライフルーツ、ハーブティーだ。朝日の差し込むダイニングテーブルにつき、朝食をとる。

ロルフは、ある山地の白樺の森の中に小さな家を建てて一人暮らしていた。一人で住むのに狭すぎも広すぎもせず、足りないものも無駄なものもない、そんな家だった。木でできた床や壁はロルフの不注意によってところどころ爪の跡の傷がついてはいたが、趣味のいい家具が整然と並べられ、窓際には本棚と、年期の入った一人掛けソファーが置かれている。暖炉の上には写真立てがいくつか置かれ、ドライフラワーが吊るされていた。この辺りの高原ではよく生えている、白く小さな花だ。

朝食を終えて外に出る。光のまぶしさに目を細めながら庭を歩く。春が来ていた。そろそろ庭の畑にジャガイモを植えないとな、と独り言ちながら、ハーブに水をやり、花を眺めた。

庭の散策に飽きたので、部屋に戻る。ロルフはふと、暖炉の上の写真を手に取る。一人の羊人間の老婦人が上品に優しく笑いかけていた。羊人間とは、見た目はほとんど人間だが、頭のてっぺんから渦のように巻いた立派で大きな角を持つ人たちの総称で、羊人間の多くは、人を眠気に誘う術を使えることで有名だ。

「もう、二年も経つのか……」

写真の老婦人はローラという。捨て子だったロルフを拾って育ててくれた人で、ロルフは実の祖母のように慕っていた。ロルフが一人暮らしを始めたのは五年前なので、直接死に際に立ち会うことはできなかった。訃報を聞いたのも、葬儀が済んでからだった。つまり、ロルフはまだ一度も墓参りをしていなかった。

ロルフはちらと外を見る。穏やかで、うららかな春の午後だった。ロルフは写真を元の位置に戻した。クローゼットを開けて、きちんとした黒の礼服に袖を通す。

墓参りに行こう。今なら、供える花があるから。

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