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練習試合

 努力と才能。

 

 この二つは人という存在が競う上で決して無視できない要素であり、時代が変わっても競うものが変わっても、いつも気がつけば話題に上がる。


 エリン先生の授業を受けるうちに、この世界ではより大きな才能が必要なんだと気づかされることがあった。剣にしろ魔法にしろ、彼女はあっさりと俺の想像を超える芸当を披露してくれる。


 剣は流れるように優雅ながらも、藁人形や木をハムのように切り裂いてしまう。しなる動きはひたすらに美しく、まるでダンスのようだ。


 魔法は迫力抜群だった。どんな魔法も器用にこなせる先生が特に気に入っているのは風魔法で、夜になると視認が困難だから暗殺にも向くのだとか。おいおい、先生がそんなこと言っていいのか。


 ただ、驚くべきはエリン先生だけではない。この俺の体である、グレイドもまた異常な才能を有していた。


 いや、本当にビックリしたんだけど。どんなにキツい練習をした次の日も、普通に体を動かすことができるんだ。誠也だった頃の俺なら一日でギブアップしてる。


 エリン先生のトレーニングメニューは半端ではない。朝はまず五キロ走る。続いて剣の素振り(最近では真剣を使うようになったので、とにかく重い)と魔法勉強。あとは先生の気分に応じて、新しい何かをやらされたりするわけだが。


 彼女がやってきてから一ヶ月が経過した朝、俺は日曜日の夜、明日は絶対に会社に行きたくない! って思ってたのと同じ気持ちが湧き上がっていた。


 いや、もうベッドから出たくないわ。しかし悲しいかな、早朝から起きてしまう癖が染みついている。


「今日もかぁ。二度寝できないかな」


 そう思いシーツを被ろうとした時だった。トテトテっという軽快な音と共に、扉が思いっきり開かれた。そしてベッドにジャンプした何者かは、すぐに俺の体を揺すってくる。


「おにーさま! 朝だよ! 稽古の時間だよ」

「メラニー。俺は少し寝る」

「ダメー! せんせー来る前にご飯。早くー」


 妹という目覚ましにはどうしても抗えない俺は、嫌々ながらも起きるしかなかった。メラニーは魔法の勉強にハマったらしい。それと、最近ではやたらと俺に接してくるようになった。


 授業を一緒にするようになり、最初は魔法についての話をしてバイバイしていたのが、徐々に剣の練習も覗きにくるようになり、俺の部屋に意味もなくやってくるようになり、最近では遊び相手になってしまった。


 グレイドらしく無愛想にしているのに、どうしてこうも懐かれたのだろう?

 まあ、嫌われるよりはいいだろう。何より、小さい子供といると不思議と平和な気持ちになる。


「坊ちゃん、お嬢、おはようございます! あいつら、もう見ました?」


 カンタが意味深な質問と共に部屋にやってきた。


「誰のことだ? 俺は今起きたばかりだ」

「あ、そうっすよね! エリン先生が、ちょっとばかしゴツい野郎どもを連れてきたんですよ」


 ゴツい野郎どもだって?

 ふと、一つだけ思い当たる節があった。


「面白そうだな。退屈凌ぎにはなりそうだ」


 ◇


 三人で庭に足を運んでみると、そいつらは確かにエリン先生の背後で待っていた。


「おはようございます。皆様」

「うっす先生! 今日はどんな授業っすか。なんかいつもと違うっていうか」


 カンタが遠慮がちに問いかけると、先生はメガネの端が光った気がした。うわぁ、ベタな演出じゃん。


「ふふ。今日は彼ら冒険者ギルドの人達と、軽く練習試合でもしていただこうと思いまして」


 背後にいるのは四人。揃いも揃って強そうな男達だ。武器は剣に槍、それから鉄球を持ってるやつまでいる。

 実は俺は、こいつらのことを知っていた。


「れんしゅーじあい?」


 メラニーが首を傾げていた。


「実践形式で戦ってもらうのですよ。ここにいる四人はそれなりにできる方々です。相手にとって不足はありません」


 俺はぼんやりとその四人を眺めていた。すると奴らのうち二人は、明らかに睨みを利かせてくる。


 これはゲームでもあった練習試合パートだ。


 ある程度鍛えた後、先生が突然実践形式の試合をやろうと提案してくる。人数的には相手が四人ほどで、本来ならば主人公だけが一人ずつ戦っていく。


 勝てば大きな経験値が入る上に、新たなスキルを覚えるイベントだったけど、まさかグレイドがやらせてもらえるとは意外だった。


 原作では勇者しかやらないイベントだったし、ゲームとこの世界は全く一緒ではない。こういうところは経験できないような気がしていた。


「エリン先生、お話はそこまでにして下さいよ。いつまで待たせるんですか」


 するりと先生の前に出てきたのは、バンダナを頭に巻いた筋骨隆々の男だ。腕力に自信があるらしく、大剣を背中に預けている。


「そう急くことはないでしょう。まだ朝なのですよ」

「け! 俺たちゃお日様が昇る前から起きて足を運んでいるんです。ちゃんと報酬は弾んでください」

「良いでしょう。彼らに勝ったなら、約束どおり追加で報酬をお渡しします」

「決まりですね。これでしばらくは遊んで暮らせる」


 金で釣られたバンダナ男は、ヘヘッと得意気に笑った。


 勝ったも同然とばかりの言い草に、カンタは面白くないとばかりに険しい顔になる。普段とは全く違う雰囲気になった部下は、堂々とバンダナ男に迫る。


「おいおい。お前、ここがどこだか分かってんのか? 随分舐めた口利くじゃねえか」

「いやいや、別に舐めちゃいないけど。ただ、どう見ても素人さんにしか見えなかったからさぁ」

「あん?」

「よせ、カンタ」


 今にも食ってかかりそうになる世話係。ここは喧嘩になったらまずい。


「でも坊ちゃん。こいつら礼儀ってもんを分かってないですぜ」

「勘違いするな。俺の出番を奪うなと、そう言っている」


 カンタが眉を広げ、少ししてからニヤリと笑った。反対にバンダナのほうは、目を細めて苛立ち始めている。


「坊ちゃん。失礼しました。獲物を奪うなんて、俺のほうが不敬になっちまいますね」

「後悔すると思いますよ。そういうのは」


 バンダナ男が明確に殺気を向けてきた。


 だが、俺としても引くわけにはいかない。これからやってくる死亡フラグを回避する為には、この程度の連中に負けることは許されないのだ。


 それともう一つ、俺はこのバンダナに期待していることがある。


 なにしろエタソの勇者は大剣使いだ。だったら、もしかしたら今後いい練習相手にできるかもしれない。


「第一試合は決まりですね。お二人とも、こちらへどうぞ」


 微笑を浮かべるエリン先生に連れられ、俺たちはちょうど庭の中央まで足を運んだ。


 向こうは大剣。こちらは長剣。今回は練習用のレプリカを使うことになったが、奴から流れてくる殺気は決して偽物ではなかった。

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