弐の8.心の風邪
離婚届けに判を押した正確な時期を覚えていないから、それから何年もったのか計算できないが、異動でついに現場を外された。予期していたことだ。来るべきものが来たと観念した。
取材記者が書いてデスクが目を通した原稿に、見出しを付け紙面に割り付ける、内勤の整理部に配置転換させられた。五・七・五の俳句のような定型詩や、紙面のレイアウトなどデザインに関する知識、興味がある者にとって、整理部の仕事は天職かもしれない。しかし、そこは記者にとっての墓場だ。整理部は編集局の一部門で部員も記者と名乗ってはいるものの、取材はできない。原稿を書く機会も与えられない。
それまでテキスト形式の長文を書き飛ばしてばかりだったので、紙面から最初に目に飛び込み読者をあっと驚かせるキャッチーな文言なんて思い浮かばない。限られた文字数を指折り数え、苦心の末はめ込んだ見出しは、自分でも納得できない陳腐で的外れな表現に終始した。
その上、効果的な割り付けで視覚に訴える美的センスなんてそもそも持ち合わせていないし、まったく身に付かない。
「一年で覚えられるよ」
入社以来の生え抜きである整理記者は言うが、一年も掛かるのかとおれは気の遠くなる思いがした。半面、三十代も半ばを過ぎ脳細胞が日々死滅しているはずのおれには一年では新しい仕事を覚えられないのではないかという、強烈な負い目と焦りを感じた。なにより、将来にわたって取材部門に戻れると保証されない会社の人事システムが、取材して記事を書くことしかできない記者ばかのおれの精神を追い込んだ。
整理作業は専用のコンピュータ端末を駆使し、紙面と同じ縦長のモニター画面を見ながら、記事と見出しとグラフィックを組んでいく。だから、整理記者はその専用端末の扱いに精通していなければならない。そのことも、機械に疎いおれを苦しめた。
年齢も社歴もおれよりずっと若い整理記者から、付きっきりで仕事を教わった。
「いや、そうじゃなくてですね」
覚えが悪く端末の操作が未熟なおれに、その女性は毎回いらいらしているようだった。
決まった時刻に出社し、ろくな紙面を組めずベテラン整理部員に最初から組み直され、決まった時刻に退社する。取材記者とはまるで異なる生活パターンと神経の使いどころに、体が拒絶反応を示しだした。眠れなくなった。
退勤して床に就いても、目がぎらぎらしている。アルコールは全く用を成さない。一睡もできぬまま出社し、勤務中には睡魔に襲われる。なのに、帰宅しても相変わらず眠れない。
不眠症だと思ったから、インターネット検索でヒットした、通勤経路の途中に立地する心療内科クリニックに初診の予約を入れた。健康保険組合の保険証を使うからどうせそのうち職場に通院の事実はばれるのだろうが、会社の産業医にかかるのは避けたかった。病んでいることをできれば同僚に知られたくないという思いが、まだあった。
新聞は土曜も日曜も発行されるから、整理部の勤務は独自カレンダーによる交代制だ。診察には、非番の平日を当てた。
初めて訪れるクリニックで、カーボン紙仕様の問診票に、はいかいいえで答えを記入させられた。なにもする気が起きないかとか、死にたいと思うかとか、ネガティブな設問ばかりが並ぶ。全てが思い当たる。
「典型的なうつの症状ですね」
医師の診断は単純明快だ。ついに精神疾患かと、おれは自嘲した。
「心が風邪を引いたと考えてください。多くの人にとって、生涯のうちに何度か訪れるエピソードです」
仕事の内容を問われた。家族構成を聴かれた。不本意な人事異動に見舞われたこと、妻子と別居し、離婚に持ち込まれたことを正直に答えた。
服薬で症状はコントロールできると、医師は言った。睡眠導入剤と抗うつ剤、精神安定剤を処方された。
薬を飲めば人工的な眠りは得られた。しかし、医師からうつ病の烙印を押されたためか、抗うつ剤を服用しているというのに気分が大きく落ち込む。落ち込んでいたことに遅ればせながら気付かされたと言った方が正解かもしれない。そして、気分の落ち込みは、整理部に異動するずっと前から始まっていたのだろうと振り返った。
「しばらく仕事から遠ざかることを検討した方がいい。診断書はすぐに出せます。セカンドオピニオンを紹介することもできます」
回を重ねた診察の際に、医師に告げられた。薬が合わず、毎回処方が変わっていた。寝過ぎて起きられない、悪夢を見る、のどが渇いて寝られない。気分は全く上向かない。おれの症状にぴったりの処方となかなか出会えない。
夢遊病者のように記憶のないまま買い物に出掛けていることがあった。目を覚ますと、大量の食料品やら飲食した残骸やらがテーブルや床に散乱していて、恐ろしくなった。
仕事中に眠くて我慢できなくなった。泊まり勤務の記者用の宿直室のベッドや普段使われていない応接室のソファで寝ているのを同僚部員が起こしにきたことも、一度や二度ではない。
ぼろぼろだった。おれは、心も体も弱り果てていた。無性に瑠奈に会いたかった。しかし、こんな無様な姿を瑠奈に見せるわけにはいかないとも思った。
看護師として活躍しているはずの夕香里に、話を聴いてもらいたかった。でも、離婚して以降、夕香里への連絡は本人から禁じられている。夕香里が瑠奈のことで困っていた時に瑠奈の父親であるおれは関知を拒んだのだから、当然の報いだ。
小学四年だった瑠奈を初めて一人で飛行機に乗せて迎えたのは、おれが整理部にいたころのことだ。心身がぼろぼろになっていることを瑠奈に悟られないか不安だった。だけど、瑠奈といる間は気分が晴れた。心が安らいだ。不思議だった。不思議でもなんでもないことだとも気付かされた。
(「弐の9.駆けてくる足音」に続く)




