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イルカの子、クジラの子  作者: 守尾八十八
10/32

壱の10.誰も困らないから捕まらない

 やや西に傾いてはいるものの、日はじりじりと照りつける。車を降りてからずっと風が強い。瑠奈のショートカットの髪は乱れ、羽織っているパーカーは旗のようになびく。

「降りていく飛行機ばかりだねえ」

「その日の風向きで滑走路の進入方向が変わるらしいよ。父さんが今朝乗ってきた飛行機も、こっち側から着陸した」

「この道路が見えた?」

「気にしなかったから分からんなあ」

「飛んでくのは、全部あっち向きなんだねえ」

 空港ターミナルビルと地上の航空機は蜃気楼で揺らめいて見える。航空機が滑走路に入りこちらに尻を向けると、ジェットエンジンが後ろに吐く強い熱風のせいであろう、機体の揺らめきは大きくなる。

 あまりに遠方のため滑走路の奥行きはつかめないが、機体は大きく揺らめいたかと思うとあっと言う間に浮き上がり、北の空に消えていく。島の中部エリアにある米軍基地の飛行場をこちら向きに飛び立つ航空機とニアミスしないよう、島を離れるまで高度を上げない配慮を米軍側から押し付けられているはずだ。

「今飛んでった飛行機、どこまで行くんだろ」

「北海道か台湾だな」

「行きたいなあ」

「どこに」

「北海道か台湾」


 空港を共同使用している自衛隊の物とみられる機は、一度も離着陸しない。欄干の上で両肘を組んであごを載せる瑠奈は、頭上を通過する飛行機のごう音に関心を示さなくなった。遠方の滑走路ばかりを見ている。

「父さん。飛行機が飛び立つのが近くから見られるところ、ないかな」

「あっち側は車を止められないよ。それに、あっち側で飛行機が着陸したり離陸したりするのを見た記憶がない」

「行くだけ行ってみようよ」

 海中道路からの眺めに瑠奈が飽きたようなので、場所を移すことにした。しかし、空港の北側は市街地の中心部に当たり、おれは空港や航空機を眺望できる開けた場所の見当が付かない。

 おれたちは、来た道を並んで歩いて駐車場に向かった。

「あの人たち、なにしてるの? 飛行機の写真を撮ってるの?」

 瑠奈が視線を投げ掛けた先の歩道には、少年とおぼしき風体の若い男が数人たむろしている。

「カメラを持ってるのもいるな。受信機(レシーバー)を持ってるのもいる。アンテナが見えるだろ」

「受信機?」

「飛行機のパイロットと空港の管制官との無線交信を傍受してるんだよ。盗み聴きみたいなもんだな。そういうのが趣味なんだろう」

「そんなことしていいの?」

 瑠奈は驚いた顔をした。

「父さんが新聞記者になったばかりのころは、消防署とポンプ車やら救急車やらの間の交信を傍受して火事とか事故とかの情報を仕入れてたよ。もっと昔は警察の無線も聴けてたらしい。今じゃ警察も消防も無線がデジタル回線になって一般の人には聴けなくなったけどな」

「いけないことじゃないの? 捕まらないの?」

「無線交信の傍受を取り締まる法律は日本にはないんだよ。法律に違反してないから捕まらない」

「どうして法律違反じゃないの?」

「盗み聴きされても誰も困らないからだな。警察とか消防とかは無線の内容が漏れちゃうと業務に差し障りが出るもんで、傍受を阻止するためにデジタル回線にしたってことだ」

「誰も困らないから」

 そうつぶやいてから、瑠奈はなにもしゃべらなくなった。


 まただ。

 おれは、なにか瑠奈の気に障るようなことをしてしまったか、口に出してしまったかと自らの言動を顧みたが、思い当たる節は見つからない。

 車で空港の北側に回ってみた。どこからも、航空機の離陸するシーンは見えない。瑠奈はなにも言わなかった。ほかにどこか行きたいところがあるか尋ねても、首を振るだけだ。

 夕食時にはまだ間があるので、おれは、この日なん往復したか分からない幹線道路を南下し、大学時代に訪れたことのある、南部エリアに集中する戦跡を車内から見て回った。降りるかと瑠奈に聴いてみたが、答えは同じだ。おれは瑠奈の反応を見ながら、加減を抑え気味にして一方的にしゃべった。

「地上戦で日本軍が抵抗できなくなって、島の戦争が終わった慰霊の日があるだろ。島じゃ休日だよな。父さんが初めて島に来た時それにびっくりしたんだけど、島の同級生は、本土ではそうじゃないってことを知ってびっくりしてたよ。それ聴いて、父さん二度びっくり」

「……」

「島でちゃんぽんっていったら、野菜炒めが載ってるご飯だよな。父さんの知ってるちゃんぽんは長崎ちゃんぽんだったから、それもびっくり。長崎ちゃんぽんはご飯じゃなくって麺なんだよ。食べたことあるか」

「……」

「アイスクリン屋を全く見ないな。もう絶滅したのかな。今じゃ売れないのか。商売にならないんだろうな」

「北部に行けばいっぱいいるよ」

 押し黙っていた瑠奈が、ぽつりと話に乗ってきた。

「父さんが大学に入ったばっかりのころバイクで島中あちこち回ってて、一キロくらいごとに現れるアイスクリンって書かれた青いパラソルの存在が不思議でならなかったよ。小型の業務用冷蔵庫みたいな入れ物があって、若い女の子が一人で番をしてて。ここでなにしてるんですか、なにか売ってるんですかって聴いてみたかったけど、ちょっと不気味で怖くて聴けなかった」

「高校生のアルバイトだよ。炎天下の道路脇で排気ガスにまみれて一日中立ってるか座ってるかしてなきゃならないから、体力のある高校生ぐらいにしか務まらないきつい仕事なんだって」

「だろうな。結局、四年間で一度も買って食べる機会がなかった。アイスクリームのコーンにシャーベットが載ってるんだろ」

「瑠奈もないよ。食べちゃ駄目って。母さんが買ってくれない」

「なんで駄目なんだ」

「不衛生だから」

「外で売ってるからか」

「それもあるけど、周囲にトイレがないから。バイト生はその辺で用を足して手も洗わないから」

「そうなのか」

「母さんはそう言ってた」

 アイスクリンの話題をきっかけに、瑠奈は冗舌になった。押し黙っていた時間を取り戻そうとするかのように、よくしゃべった。いくつかの戦跡で、二人で一緒に車を降りた。


(「壱の11.がんになるから食べちゃ駄目」に続く)

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