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イルカの子、クジラの子  作者: 守尾八十八
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壱の1.はじけるような翠玉色

 ぽつぽつと小島や岩礁が現れては、画面の下に流れ消えていく。周囲の浅瀬は、湯を張った風呂おけに入浴剤をぶちまけたかのような狂ったほど鮮やかなエメラルドグリーンだ。その外側に、コバルトブルーの海面が広がる。明るい色と色は申し訳程度のグラデーションを挟んで、境界がくっきり見て取れる。白い波が幾重にもうねり、海面に複雑なひだ模様を作る。ひだの一本一本まで確認できる。

 四半世紀前にこの島を初めて訪れた時と少しも変わらない。

 前の座席の背もたれに埋め込まれた液晶画面をおれは見ていた。乗っている旅客機の垂直尾翼てっぺん辺りにカメラが取り付けられているようで、画面中央の下半分では、動かなくなった巨大なナマズかオタマジャクシのような自らの機体前部が、視界の一部を遮っている。

 タッチパネル状の装置をどうにかすれば、機体の腹に付いているカメラからの視界を遮るもののない真下の映像か、最新映画作品かなにかの上映に切り替えられるはずなのだが、操作方法がよく分からないしもうじき目的地に到着するようなので、ナマズかオタマジャクシが邪魔をしているライブ映像をそのまま眺めた。

 かつては客室前方の大きなスクリーンに、コックピット下にあるらしいカメラからの着陸シーンの映像が投影されていた。上空から見る景色は変わらないが、時代は知らぬ間にどんどん移り変わっている。

「きれいだねえ」

 観光客らしい乗客が、ため息のような声を漏らした。左右の窓際の席の乗客は、ことごとく小さな窓に額を押し当てている。おれは小便が近いので、通路側の席を取った。上空ではずっと寝ていたから、一度もトイレに立たなかった。機が高度を下げ気圧が変化したためか、耳の奥に痛みを感じ目を覚ましたのだ。

 液晶画面に映る水平線が、反時計回りに大きく傾いた。座席では、画面で見るほど極端な角度で機体が傾いているようには感じられない。

「灯台が見えるよ。喜屋武(きゃん)岬だね」

 右の窓際の席から聴こえた。島に住む人のアクセントだ。南北に細長い島の南端をなめるように機体は右旋回しているのだと、おれは、自分の飛んでいる位置がようやく把握できた。

 やがて画面の映像は、海に面する滑走路を遠方にとらえた。滑走路すぐ左の海も、はじけるようなエメラルドグリーンだ。

 指折り数えた。島を訪れるのは六年ぶりになる。

 滑走路にタイヤを当てた衝撃で、機体ががくんと揺れた。ゴムのタイヤがきゅっときしむ。ジェットエンジンを逆噴射させているのであろう、着陸した機体の滑走速度が抑えられ、座席のおれは上半身が前のめりになる。ナイロンの座席ベルトが腹に食い込む。体中の血液が、体内の前半分に集められるような妙な感覚に襲われた。

「自衛隊の戦闘機が全然、見当たらんなあ」

「隠してるんですよ。あの並んでる格納庫の中でしょう」

 機体が駐機場に向かい、動力を持たぬタイヤを転がし自走している間に、やはり右の窓際付近から社用の出張らしい中年の男同士の声がした。

 空港を民間航空会社と共同使用している自衛隊が、迷彩色の航空機を展示即売でもするのかと見まがうほど誇らしげに駐機させていたころのことを、おれは思い出した。乗っていた旅客機の前を戦闘機が横切り、自走中の旅客機が急停止を迫られたことがある。窓から見えた戦闘機は、減速用の白いパラシュートのようなものを尻の後ろで開いていた。

 六年前に来たころはすでに、この空港エプロンで戦闘機の姿を目にしなくなっていた。爆発的な増加傾向にあるという、日本の再軍備を警戒する近隣国からの観光客の心情に配慮してのことだろう。


 先を急いでも預けた手荷物を早く受け取れるわけではなく意味をなさないから、ほかの乗客があらかた出払うのを待ってゆっくり席を立ちたいのだが、席が通路側のため早々に離席して窓側の客のいらいらを未然防止せざるを得ず、ドアが開くまで一歩も前に進まない列に不本意ながら加わった。


(「壱の2.よく似た女性二人組」に続く)

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