第七十三話
「私達に足りてないものはよく分かったよ。ありがとう。……でも」
言葉とは裏腹に、ルリムは訝しげな目線をカタバに送っていた。風は勢いを増し、無機質な空間だったはずの周囲には陽光を思わせる、暖かな光が満ちてきた。
「君がそこまで私達を手助けしようとする理由が、分からない」
「言ってしまえば簡単なことだ。それは」
カタバが、不意に言葉を止めた。
全身の毛が逆立つような恐怖心が身体を貫いた。凄まじい殺気。
ダインたちは思わず記録の間の入り口に向かって身構える。そこには、先ほど上で祈りの言葉を紡いでいた供風子の姿があった。
「貴様がここにいること自体、許されざることだと理解してのことか」
前に見た姿とは全く違い、感情を剥き出しにしてこちらに向かっている。真っ白な着物は腕と脚に深いスリットが入り、着物に見紛うほどの透明な素肌が隙間から見え隠れしている。
「状況が変わった。俺たちが“飛んだら”即座にここを離れろ。身を守ることに徹しろ」
供風子の言葉に応答せず、カタバが矢継ぎ早に話す。ダインとカタバだけが行く。事実を飲み込むのにダインは少しの時間を要した。
「それって、二人を見捨てろってことじゃ!?」
「この状況で奴を倒すことはまず無理だ。現状の最善を取れ」
返事のない様子に底冷えのするような声で、再び供風子が口を開く。
「あろうことか、外の者を神域に招き入れるとは万死に値するぞ」
沸々と怒りが昂っていく。供風子の手には気付けば白銀に輝く、刺突用の剣が一振り握られていた。
「お前には分かるまいよ」
カタバの言葉が引き金となった。供風子の瞳が大きく開かれる。
「くっ……」
ルリムが手を前に翳す。周囲を包み込むように氷の壁が立ち並んだ。慌ててパレアも式号を唱えるが、間に合わない。
「式号八……」
「ならば、ここで死ねッ!!」
凄まじい爆音と共に氷壁の向こうに見えた供風子の姿が突如消える。風の創霊力を利用した、噴出による超加速。それに気づいた時には周囲の防御壁は崩れ去り、剣がカタバを刺し貫いていた。
「……随分、腕を上げたな」
右肩を刺し貫かれながらも、表情を変えることはない。腕もカナタノトモガタリから逸れることなく、風の勢いは強まっていく。
「最後の言葉は、それでいいな?」
供風子が手に力を入れる。
「やめろッ!!」
ダインが叫ぶ。
目眩かと思った。
グラグラと視界が揺れる。
しかし、それは目眩のせいではない。
激しい音が広間に響き、“何か”が入り口を破壊した衝撃によるものだった。




