第七十二話
一瞬の静寂があった。カタバは手をかざしながら、聞き取れないくらいの声量で言葉を紡ぐ。それは今まで聞いたどんな言葉とも違うような発声で、音を出すこと自体に意味があるかのようだった。
言葉に応じ、《カナタノトモガタリ》はその宝玉の中の旋風をより大きく荒れ狂わせる。
「風の創霊力には敵わないって言いたいのかしら? 私たちはここに来るまで強力な敵を倒してきたのだけど」
何事もなかった様子のカタバとは打って変わって、パレアはあからさまにご立腹だ。
火の創霊力、『灼域』の使い手アドラス・ロスヴァルトや、ヒュラテスに封印されていたウ=クァリスなど、普通に生きてる上では見ることすらないような化け物達と戦ってきた自信。
気持ちは痛いほどわかる。しかし、
「なぜ、そう思うのかな」
ルリムは冷静だった。我々では敵わない理由、その答えをカタバが抱えていることに気づいていたから。
「単純な話だ」
手をかざし、背中を向けたままカタバは返答する。
「力は、ただぶつけるだけではない。それをお前達は理解していない。」
「……! そんなことくらい!」
「グラヌスクが聖炎の王国として、なぜ一強の立ち位置を他国に譲らず、傍若無人に振る舞えるのか」
パレアの言葉を気にも留めず、感情を見せないままにカタバは続ける。
「ルリム・シャインコード、パレア・ブラックブリッグ。特にルリムはどこから現れたのか俺は知らない。だが、お前達の戦いは風の力で見せてもらった。」
「風の力で……!?」
自分達の旅を見てきた人間がいることに、ダインは驚愕した。追われ、逃げるように旅をする日々を見ている人間。どういう心持ちだったのだろう。カタバは時折何かを呟きながら、ポツポツと続けた。
「お前達は確かに常人が到底及ばない創霊力の持ち主だ。だが、使い方が間違っている」
気付けば、ダイン達の周囲を風が唸り、渦巻くようにして包んでいた。儀式が進んでいることは肌で感じ取れた。
「創霊力は何かを象るものだと勘違いしているな。創霊力を押し込めて、盾や刃の形に模すのが正しいと思っている。それが間違いだ」
誰も言葉を返すことはなかった。言葉は風にかき乱され、反響することなく散っていく。
「グラヌスクの兵士どもが懸命に呪文を唱えるように躾けられるのは、唱えることで念じた通りのものを『創出することが当然』だと考えるようにさせるためだ。実際に大した力もない兵士たちが炎の矢を生み出し、それを攻撃として用いることができるのは、奴らの矢は“真っ直ぐ飛び、貫く”ことまでが力によって組み込まれているからだ」
「あ……」
ダインはクランヌ村の地下で自分を襲った、矢の雨の姿を思い出した。
「創霊力はこの世界を作った神々の力の一部。俺たちは脳裏に描いたものを、生み出す力を持っている」
「つまり……どうすればいいってことなのかな」
ルリムの言葉にカタバが返す。
「もっと精細に、力の向きを考えて生み出せ。ダインが“砕く”ための武器を手に取ったように」
カタバはやはり見ていた。“破道の雷鎚”を。ダインは、自分が選ばれた理由がやっと分かったような気がした。




