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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第五章 風と共に
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第六十七話

 岩壁の亀裂から激しく噴き出す風を前に、ダインは息を詰めた。確かに風が呼んでいる。胸の奥に響く脈動が、それを告げていた。


 だが同時に、迷いがこみ上げる。


「……僕だけじゃ、だめだ」


 呟きに、隣のカタバが振り返る。


「ルリムも、パレアも。ここまで一緒に来た。僕ひとりで進むのは間違ってる」


 ダインは拳を握りしめ、視線を外さなかった。


「風が僕を選んだとしても、置いていきたくない」


 少しの間考える仕草をして見せたが、カタバは掌を翳す。岩壁の胎動が静かに収束する。


「……待っててくれるの?」


「構わん。ただし覚えておけ。彼の地へ入れるのは同時に二人が限界だ」


「二人……」


「そうだ。俺とお前。あるいは俺と誰か。それ以上は不可能だ。神域にはそれ相応の資格の持ち主が必要ということだ」


 ダインは息を呑み、それでも言葉を返す。


「なら、何度かに分けて行けばいい。僕たちは全員でそこへ行く」


 カタバは短くうなずいた。


「判断はお前たちで決めろ。戻るぞ」


 祠の広場に戻ると、碑を調べていたルリムが振り返る。


「ダイン! 遅かったね。……その人は?」


 パレアも立ち上がり、鋭い視線を向けた。

 ダインは二人を前に立ち止まり、息を整えた。


「彼はカタバ。《神落の大脈》に案内してくれる人だよ」


 パレアの瞳が細まる。


「……神落の大脈? 記録の中にしか出てこない名よ。それを知っているというの」


 カタバは感情を交えずに答えた。


「ああ。神に許された人間だけが訪れることを許された場所として、存在している。」


「“神に許された”ってことは」


 ルリムがハッとする。


「ああ。風の神と言葉を“交わした”。いわゆる代弁者アポストルだった人間だ」


「風の神は気移りが激しいお方のようね。アポストルが生きているのに他の人に乗り換えるなんて、聞いたことない」


 パレアが肩をすくめて見せる。カタバは表情を崩すことなく、再び言葉を続ける。


「少年が望むなら、神落の大脈まで案内をしよう。《カナタノトモガタリ》から零れ落ちた、世界の事実が深奥には渦巻いている。それを聞かせるためには俺の存在が必須だ。一度に入れるのは二人だけだだがな」


 ルリムが思わず声をあげる。


「二人だけ……?」


「手間をかけるが」カタバは即答した。


「二人を送り、戻る。そして次の二人を連れて行く。繰り返せばここの全員を送ることも可能だ」


 パレアは腕を組み、考え込むように言う。


「……それをやるには時間が要るわね。漂都の監視もあるし、準備を整えずに踏み込むのは無謀だわ」


 ルリムはダインに目を向けた。


「でも、それでも行くんでしょ?」


 ダインは強く頷いた。


「うん。風が僕を呼んだ。でもそれは、僕だけのことじゃない。みんなで確かめるべきだ」


 ルリムはわずかに息を吐き、決意を込めて答える。


「なら、私も行く」


 パレアは唇の端をわずかに持ち上げた。


「その理想に賭ける価値はあるわね」


 カタバは短く言った。


「全員で行くなら、経路は《カナタノトモガタリ》を使うしかない。そこからしか大脈は開かない」


「トモガタリが経路……? 結局避けられないのね」


 パレアが小さく頷く。


 カタバは続ける。


「準備しろ。物資、身の隠し方、行動の段取り。それを済ませてからだ。風結宮を漂都が発つまでに」


 その声は淡々としていたが、確かに急かしていた。


 ダインは二人を見渡し、深くうなずいた。


「必ず……全員で神落の大脈に行こう」


 広場を渡る風が、その言葉を肯定するかのように吹き抜けた。冷たくも穏やかな流れだった。


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