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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第五章 風と共に
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第六十四話

 風が、凪いだ。


 ダインの腕を縫うように雷が走る。


 ルリムが、一歩、前に出た。


 その小柄な身体から、凍える気配がすっと立ち上る。足元を覆う石が白く変色し、霜が蜘蛛の巣のように広がっていく。


 その様子を見た供風子にも底冷えするほどの殺意が漲る。



 倒してでも、前へ。


 膨れ上がった緊張の破裂する間際、割って入る声。


「待ちなさい、ふたりとも」


 澄んだ声音が、けれど強く。水面に落ちた一滴のように、空気を打った。


 パレアだった。


 その姿は、風に乱れぬ水のように、静かにふたりの間へと立つ。


「このまま力を交えるのは、最悪の手よ。あなたたちは“突破“を求めている。けれど、それが本当に正解だと思っているの?」


 ダインは小さく息を呑んだ。


 ルリムもまた、ほんの一瞬、足を止める。


 パレアはふたりを見据えたまま、続ける。


「……風結宮に伝わる供風子の役割は、風を読む者ではない。“風が背けと告げる時”、それを止めるために在る。彼女が剣を抜かずに立ち続けるのは、守るべきものがあるからよ」


「でも、そのせいで……!」


 ルリムが声を上げかけた。だが、パレアが首を横に振る。


「分かっているわ。私も、真実を知りたい。あなたたちと同じくらい、強く。けれどそのために、正面から扉を壊すような真似をしては、すべてが灰になる」


 言葉は静かだったが、その中にある“水の重み”は、ダインの胸にも落ちた。


 ルリムは眉を寄せたまま、けれど視線を伏せる。


 パレアは、ちらりとシェルファへ視線を向けた。


「……シェルファ。あなたたちは、今すぐ風結宮を離れるつもりはないのよね?」


 小さな風使いは、しばらく黙ったまま、けれど小さくうなずいた。


「うん……ここを離れちゃうと、風の言葉がもう届かなくなる気がするから。ちゃんと、見届けたいの。……それに」


 彼女は、少しだけダインを見た。


「おにーさんたちが、ただの敵じゃないって、私……思ってるから」


 その言葉に、ダインはそっと目を細めた。


 パレアは静かに頷く。


「ならば、まだ手はある。正面が閉ざされているのなら、迂路を探しましょう。風がすべてを拒むとは限らない。……語られなかった物語は、時に“別の風”に託されることもあるのよ」


 静かな提案。それは、どこか“水の道”に似ていた。


 ルリムは少しの間、何かを考えるように風を見たのち、小さく呟いた。


「……時間は、あまりない。でも、無駄にはしない」


 パレアは頷いた。


「この地に吹く風の中に、まだ“別の鍵”があるなら……私たちはそれを見つける。そうでしょう?」


 その問いに、ダインもまた、真っすぐにうなずいた。


「……うん。僕は、引かない。でも、無理に壊すのも違う。……ありがとう、パレアさん」


 風はまだ、冷たかった。けれど、わずかにその流れが変わったようにも思えた。


 そして彼らは、一度その場を離れる。


 広場に残された供風子とシェルファは、何も言わず、それを見送った。


 静けさだけが、またそこに戻っていた。

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