第六十三話
それでも、供風子は一歩も動かず、何も答えない。
ルリムが一歩前に出た。
「……記録が大事だってことは分かってる。でも、だからって誰にも触れさせないまま、眠らせるのは——それこそ、風に反してない?」
それは、風のように突き刺す問いだった。
供風子の目が、ほんのわずかに細められた。
けれどその直後、彼女はゆっくりと片手を掲げる。
その意味を、誰も取り違えなかった。
——拒絶。
それでも、ダインは下がらなかった。
「……それでも、僕は知りたい」
その言葉に、風が低くうなった。
シェルファが、焦ったように前に出る。
「待って、ダイン! あの人はね、本当に“止めるため”にそこにいるんだよ! 記録に触れたら、もう“戻れない”って分かってるから——」
「……分かってる」
ダインは言う。風の中でも揺るがない声で。
「でも、知ることが罪だっていうなら、僕はその罪を背負ってでも、前に進みたい。……それでしか、リンを救えない気がするから」
供風子の手が、すっと下りた。
そして、風が立った。
それは明確な“通達”だった。
——お引き取りを。
この先に進むことは、許されない。
静かに、シェルファが首を横に振った。
「……だめだよ。やっぱり、風は、おにーさんたちを通せないって言ってる」
その言葉に、ルリムがシェルファを見た。
「じゃあ、あなたは……私たちを拒絶するってことかな」
シェルファは何も言わなかった。
けれど、小さな手が風を引くように構えられる。
その軽さは、まるで舞うようでいて——確かな“壁”だった。
そして、供風子が動いた。
ゆっくりと歩みを進め、石の広場の中心へと降り立つ。
その足元に刻まれた風紋が、呼応するように微かに揺れた。
ダインも、歩み出る。
言葉はもうなかった。
その場に吹く風が、すべてを語っていた。
——それでも進むならば、抗え。




