第五十八話
巡風座——漂都の中枢にして、風の行く先を読み取る場所。
幾重にも張られた帆が天蓋のように広がり、陽を柔らかく散らしていた。中央には風紋が浮かび、風の流れに応じて渦巻く文様が絶えず変化している。
「ねーねー、見て見てっ」
シェルファが駆け寄り、風紋盤の前で足を止めた。
「今日の風、ちゃんと“結びの渦”になってるよ! 漂都は風結宮に向かってるってこと!」
「風結宮……?」
ダインがその名を繰り返す。聞いたことのない響きに、ルリムもそっと視線を向けた。
「んー、ゼファレインの聖域だよ。風がいちばん澄む場所。記録とか、古い祈りとか、いろんなものが残ってるって言われてる」
くるくると指を回しながら、シェルファは楽しげに続ける。
「神さまの通り道に近い、って言う人もいるしねー。ま、あたしはそこに“ちゃんと届けなきゃいけない風”があるから、行くんだけどっ」
「ちゃんと届けなきゃ……?」
パレアが眉をひそめたが、シェルファはにっこり笑って、話題を軽やかに飛ばした。
「ま、とにかく! いまの漂都の進路は“そっち”。アナタたちもついて来るなら、寄ってくといいよー」
ダインは、渦を描く風紋盤を見つめる。風は、確かに進む方向を告げている。けれどその先に何があるのか、まだ想像もつかない。
それでも、漂都がただ流されているわけじゃないことだけはわかった。
風は選んでいる。
やがて、巡風座を後にした三人は、風除けの帆が張られた静かな区画に腰を下ろしていた。
空は穏やかに晴れ、戦いの余韻は少しずつ遠ざかっていく。風が過ぎるたび、帆がふわりと揺れて、小さな影を地面に落とす。
「ふぅ……ちょっと疲れたかも」
ルリムが息をつき、髪を風になびかせる。ダインも黙ってそれにうなずいた。その時、帆の影からふらりとシェルファが顔を出す。
「じゃ、あたしはそろそろ行くねー。巡風座の風、まだ整ってないとこあるし!」
「……え? 行くって……」
「うん、漂都の調整とかー、あと、風結宮に届けるものの準備とか? やることけっこーあるんだよねー」
そう言いながら、シェルファは大げさに肩をすくめてみせた。
「ま、のんびりしてていいよ。ここは安全だし、帆の音も静かだし……。ゆっくり、考えたいこともあるでしょ?」
意味深なようで、あっけらかんとした笑顔。その軽さが、かえって本心を隠しているようにも見える。
ダインは静かに頷いた。
「うん……ありがとう、シェルファ」
「えへへっ、どういたしましてー!」
そして、ひらりと手を振り、シェルファは風の中へ消えていった。




