第五十七話
風に押されるように、ダインたちはシェルファのあとを歩いていた。
帆の裏手、細い橋を渡った先に、空中に浮かぶ小さな通りが広がっていた。風でなびく布の屋根、音もなく滑るように回る風車、空に溶けるような淡い色の建材で組まれた家々。
「ここが漂都の“風街”だよーっ!」
シェルファが手を広げて言う。
「ほら、見て見てー。あそこに見える建物、ゆーっくり動いてるでしょ? あれ、風の流れに合わせて毎日ちょっとずつ位置が変わるんだよ! たまに寝てる間に引っ越してたりするの!」
「え……それ、どうやって生活してるの……?」
ルリムが若干引き気味に呟くと、シェルファは得意げに笑う。
「気にしなーい! 風のある方が“今の場所”って決まってるんだもん。止まったら“そこ”が定位置。風が変わったら“そこ”が定位置。ほら、簡単でしょ?」
「全然、簡単じゃない……」
ダインがぽつりと呟いたが、シェルファは気にせずにどんどん進む。
通りのあちこちでは、市が開かれ、漂う香草の匂いや、どこか懐かしい笛の音が風に乗っていた。見上げれば、高い帆が陽を受けてきらきらと輝き、空の青さと重なって幻想的な光を降らせている。
「……なんか、すごいとこだな」
「だろだろ? ゼファレインって、“どこか”にあるんじゃなくて、“いつもどこか”にいる国なの。今はたまたま、あなたたちが風を見つけたから、ここに来られたんだよ」
「たまたま……?」
ダインが思わず聞き返すと、シェルファは立ち止まり、くるりと振り返った。
「ねえ、風って、つかめると思う?」
「……うーん、無理、じゃないかな」
「正解っ! だから、風を探すんじゃなくて、“風に見つけてもらう”の。そうすれば、ちゃんと必要なときに必要な場所に届くんだよー?」
彼女のその言葉は、まるでこの世界のどんな理よりも、自然に響いた。
「さ、もうちょっとでいいとこ着くよーっ!」
再び歩き出したシェルファの後ろ姿を見ながら、ダインとルリム、そして少し遅れてパレアもまた静かに歩き始める。
風が、笑っていた。
広場の熱気がようやく引いたあと、風は再び、軽やかに舞いはじめていた。
シェルファに導かれるままに、ダインたちは風街の中を歩いた。帆布の影が交差する細道、風見鶏のような飾りが回る屋根、そこここで響く笛の音や風鈴の音色。
それらすべてが、どこか現実味を帯びながらも夢の中のようで、彼らの疲れた心にやさしく寄り添っていた。
「うちの都って、ちょっと変わってるけど、嫌いにならないでねー?」
先を歩きながら、シェルファがくるりと振り向いて言った。
「ちゃんとした案内ってあんまりしないんだけど、せっかく“風が導いた”んだし、特別にねっ」
そう言って、彼女は一本の通路を指さした。
「そっちに進むと、巡風座ってとこに出るよ。風の今の流れを見てる場所。ね、ちょっと寄ってかない?」
ダインとルリムが目を合わせ、こくりと頷いた。
風の行き先を見つめること。それは今の自分たちに、必要なことのように思えた。




