第五十六話
誰よりも軽い足取りで、誰よりも重い風を操る少女。それが、シェルファ・ルゥという存在だった。
ダインは言葉を探しながら、少しだけ前に出る。
「……あのさ。止めてくれて、ありがとう」
漂都のためとは言っていたが、あのまま衝突していたら、勝てていたのか。互いに傷つくことなく終わったのは、“助けられた”としか言えない。
「えへへっ、どういたしましてー!」
あっけらかんと笑いながら、シェルファはふたりの前でくるりと回る。風に乗った薄衣が、花のように広がった。
「でもねー、ひとつだけ言っとくね?」
ぱたりと回転を止め、彼女はダインをじっと見上げた。今までのどこか他人事めいた無邪気な笑顔が、ふっと消える。
「……あんまり、風の奥まで踏み込まないでね?」
それは、まるで“警告”のようだった。
ダインの背筋がすっと冷える。
「それって、どういう……」
「うーん、なんとなく! こっから先は、風の通り道でも“ちょっと特別”なんだ。そういうとこに、あんまり“重たいもの”は持ち込まないほうがいいんだよー?」
意味深な言葉を残し、シェルファはまた笑顔に戻る。そして、ぱん、と手を打つと、明るい声で言った。
「ま、とにかく! せっかく来たんだし、漂都を案内してあげるよー! ちゃんとした道は風に聞かないと分かんないけど、アタシがいれば大丈夫っ!」
「えっ、え、案内って……」
「だってさー、あんなバトルの後に、放っとくわけないじゃん? お祭り終わった後の屋台みたいにさ、片付けるの大変なんだから!」
また分かったような分からないようなことを言いながら、シェルファはくるくる回って進み出す。
「こっちこっち! 帆の裏にある“巡風座”から入るのが、正しい順路なの!」
その背中を追いながら、ルリムがぽつりとつぶやく。
「……この子、天然に見えて、いちばん読めないかも」
「うん、たぶんそうだと思う……」
ダインも静かに同意する。だけど、どこか懐かしいような、安心するような風が、彼女の周囲にはずっとあった。




