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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第五章 風と共に
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第五十二話

 空気が、変わった。


 広場に張られた帆布が、動きを変える。ふいに、風の流れに、火の気配が差し込んだ。


 カーター・アウグストが、構えを解いた。


 槍を静かに下ろし、そのままゆっくりと、呼吸を整える。


 ルリムは思わず息を呑んだ。


(……来る)


 直感だった。けれど間違いなく、それは“これまでと違う”何かだった。


 そして、カーターの口から、鋭く詠唱が放たれる。


 「【穿うが)焔槍(えんそう)ッ!」


 その声に、風が震えた。詠唱というより、もはや“撃ち放つ意志そのもの”が音になったような響きだった。


 槍が、軋むように火を帯びる。


 赤く、鋭く、獣のように脈打つ熱気。


 炎が噴き出す。溶岩をたたえた大いなる山のごとく。アドラス・ロスヴァルトの『灼域』が見せた、“拒絶”を思わせる熱気とは全く異なる。


 鋭く燃え盛るその様は、“灼き穿つ”という意志だけが、形を成したものだった。


 そして——


「《灼迅槍舞》ッ!」


 カーターの姿が消えた。


 瞬間、帆布の足場が裂ける。火が走る。風が巻かれる。

 いや、それはもう“槍の舞”というには速すぎた。

 一撃ではない。二撃でもない。連なった炎の残光が、雷を追い詰めていく。


 ダインの雷が、咄嗟に弾けた。


 だが、撃ち出すより早く、炎がその腕を裂くように駆けた。


 風が焼かれる音がした。


 視界の端で、赤と青の閃光が交差する。

 ルリムの心臓が跳ねる。


(“舞”なんて優しいものじゃない……これは、殺しにきてる)


 その技が本気で放たれたことを、誰よりもルリムが理解していた。


 だからこそ、叫ぶ。


「ダイン!」


 その名が風に乗る。


 広場の中心。雷と炎が、ひとつの閃光となって爆ぜる。

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