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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第五章 風と共に
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第五十一話

 風の都の中央、空中に張り巡らされた帆布の広場を、電光が奔る。ふたりの少年を軸にして、世界が呼吸を変えるようだった。


 ルリムは、パレアの隣でただ黙って、それを見つめていた。雷を放っている。詠唱もなく、誰かの導きもなく、自分の意志で。


 ついこの間まで、何もできなかった少年が。


 カーターの槍が、鋭く振るわれる。

 

 それは火の意志を帯びた刃。軽やかでありながら容赦がない。それに応えて、体に雷を巻くダインの一撃が、地を這うように広がった。帆布が震え、焦げた匂いを風が運ぶ。


「っ……」


 カーターはそれを横薙ぎに払う。槍の柄が雷を裂き、火花を撒き散らす。それでも完全には消せない。弾かれた雷光の残滓が、彼をかすめる。


「大きくなったね……本当に」


 思わず、そう呟いてしまった。口に出さずにはいられなかった。


 しかしその直後——


 カーターの踏み込みが変わった。構えが低くなる。槍先に、殺意が乗る。先刻までの様子見とは違う。


(——本気でくる)


 ルリムの鼓動が跳ねた。風が吹く。帆が鳴る。


 その一歩の直後、カーターは地を蹴った。


「——はっ!」


 雷より速い。


 槍の刃先が、風を裂いてダインへと殺到する。


 ダインも動いた。全身に雷をまとい、身を引く。滑るように着地し、左足に力を込めて跳ねた。

 

 雷が反射のように弾ける。右手を前に突き出すと、堰を切ったように溢れ出た稲妻が、カーターの脚元を狙う。地を払った雷撃が帆を焦がし、火花が乱れる。


 視界が揺れる——。


 その中で、ふたりの姿が交差する。


 槍と雷。技巧と衝動。


(前は焦ってばかりで、戦うどころじゃなかったのに……!)


 ルリムの拳が、ぎゅっと握られていた。手のひらがじんわりと熱い。


 ダインの顔は、苦しそうだった。


 怖くて、迷って、それでも進もうとしている顔だった。


 痛いくらいわかる。


 今度こそ誰かを守ろうとするような目をしている。


 (追い抜いていくんだね。何もかもを)


 そんな感情が、喉の奥で、ふっと沸いた。


 自分が今ここにいて、何もしていないことが、悔しかった。


「ルリム」


 隣でパレアが、静かに名を呼ぶ。


 声は落ち着いていた。けれど、その視線もまた、広場の中のダインに向いていた。


「彼は、変わっていくわ。あなただけが、その始まりを見ている」


 ルリムは、返事をしなかった。


 広場の中心。


 ダインが雷を引くように後退し、息を整える。カーターもまた、槍を立て、見据えるように静止していた。


 一瞬の静寂。


 それは、次の衝突のための呼吸。


 その静けさが、今だけは、何よりも——


「……勝つんだぞ、ダイン」


 それが、ルリムの心の底からの祈りだった。

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