第五十話
風が、一瞬、止んだ。
カーターが槍を構えた瞬間、空気が静かに揺れる。その気配に、パレアが前へと歩み出る。その姿は優雅でありながら、背筋に緊張を走らせる気配を孕んでいた。
「……待ちなさい」
その一声に、風が凍る。水の底を通るような静寂が広がる。
「彼はまだ未熟。試すに値する時ではないわ。あなたが求める“正しさ”も、いまここで測るには尚早でしょう」
声は澄んでいた。語調に棘はない。彼女が本気で止めに入った証だった。
カーターは、一度だけ足を止めた。
パレアの言葉を、真正面から受け止めていた。
だが、その瞳には変わらぬ熱があった。
「……俺が欲しいのは、勝ち負けじゃない。答えなんだ」
「ならば、なおさら対話によって導くべきでは?」
「対話だけじゃ見えないこともある。戦場でしか、本当の姿を見せられないことがあるだろ」
まだ未熟な言葉かもしれなかった。しかし、その真奥には測りきれないほどの真実があった。パレアの目が細められる。カーターのまっすぐな光は、曇らなかった。
「私は、あなたに敵意はない」
「俺も同じだ。けど、これは……俺の意志なんだ」
そして、カーターはふたたび歩み出す。その背には、風の民すら口を閉ざすほどの焔が灯っていた。
パレアは、それ以上何も言わなかった。
ただ、その様を静かに見送る。止められなかったのではない。彼の覚悟が、誰の言葉よりも重かったのだ。
風が、再び吹き抜ける。
広場の中心に立ったカーターが、槍を構える。
「さあ、ダイン。構えろ」
風と焔のはざまで、雷と闇を抱く少年が、応える。




