表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第五章 風と共に
50/75

第四十八話

 風の気配が変わっていた。尾根を越えた先、揺れる空気の中に、ひときわ強く風を裂く気流があった。


 そこに、いた。風を纏い、空を歩くかのように。ひとりの人物が立っていた。


 少女とも、少年ともつかぬ細身の人影。衣は風に踊る薄布に覆われ、色も形も、陽の加減によって幾度も姿を変える。目元には風除けの紋布が垂れており、その奥の表情は読み取れない。


 やがて、その者が口を開いた。声は風に溶けるように柔らかく、それでいて芯があった。


「風の導きが、貴方がたを連れて来られましたか」


 パレアは、ひとつ頷き、淡く応じた。


「漂都の御使いとお見受けします。風に乗る旅路の末、我らはこの地へ至りました」


「風は、必然も偶然も告げません。ただ巡るだけ。されど、それに応じた者にのみ、道は開かれます」


 それが歓迎の意であると理解し、パレアは再び軽く礼を取った。対して、風の民はふと視線をずらし、ダインとルリムに目を留めた。


「……御身らより、重き気配が立ち上っています」


 ダインの背筋に、ひやりとしたものが走る。だが、相手はそれ以上、何も問わなかった。まるで、それが風の定めであるかのように。


「けれど、問うことは致しません。風は過去を縛らず、未来を定めず。いま、この場所に在るという事実のみをもって、漂都は門を開きます」


 その言葉に、パレアが目を細めた。


「……変わらぬ風の理、しかと承りました」


「では、お進みください。梯子は、すでに垂れております」


 風の民が一歩下がると、その背後、空に溶け込むように浮かぶ斜光の中に、透明な構造物が姿を現す。


 一本の、揺れる階梯。形あるのに掴めぬ、まるで風そのものが結晶化したようなもの。


「……風梯子かぜばしご


 パレアが小声で名を口にする。


「この瞬間だけ、空と地を繋ぐもの。……消えれば、次はいつ出会えるかも分からない」


 ダインは無意識に喉を鳴らした。空へ続くその道は、美しく、厳粛さを備えていた。風の都が、確かに“浮いている”という現実を突きつけてくる。


 パレアが先に足を踏み出す。風に踏み入るように、一段、一段、慎重に。続いてルリム。そして最後に、ダインがその揺れる道を踏み出した。


 浮遊感。風に背を押されるような感覚。


 足元は確かにあるのに、どこにも接地していないような不安定さが、全身を包む。


 上空に近づくにつれ、漂都ひょうとの全貌が現れていく。連なる建造物群。帆のように張られた布が空を受け、橋梁のように絡み合う道が都市を繋ぐ。家々は重なり、吊られ、回転し、まるで風車のようにゆっくりと流れていた。


 それは街でありながら、ひとつの生き物のようだった。


 やがて、最上段に足を置いた瞬間、風が鳴った。


 歓迎の風だった。が、中に混じる微かな音——金属が地を擦るような、異質な響きが、確かにあった。


 そこに、焔の気配が立ち現れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ