第四十六話
風は、すでに東を指していた。水辺の湿りを帯びた風とは違う。もっと高く、もっと遠くから吹き降ろすような、乾いた、鋭さを孕んだ流れ。
それは、確かに“風の民”の気配だった。
パレアはその背中に、今までなかった重身を感じる。彼女は「誰かと旅をする」という覚悟を、今ようやく本当の意味で纏ったのだった。
ナヴィスが一礼する。
「パレア様……必ず、お戻りを。水の流れは、私たちが止めません。あなたの帰り道を、私たちが守ります」
「ええ、信じてるわ。……私は“水を忘れない”」
軽く手を掲げ、振り返らずに歩き出す。ダインとルリムが、それに続く。
郊外。かつて流れを制御する水路の基幹があったという石畳の残骸が、草に覆われて道となっていた。
道なき道を選ぶのではない。
かつてあった道の“忘れられた流れ”を辿るように、三人は進む。
やがて丘を越えると、そこには雲が地を這うような白い尾根が広がっていた。
アクタ連山——そしてその向こうに、“漂都”が通るであろう、風の道筋。
「ここからが、本当の旅だね」
ダインが、やや不安げな顔で空を見上げる。
だが、パレアは笑った。まるで、霧の向こうに何かを見通しているかのように。
「ええ、そうよ。風の都は“問い”の国。答えではなく、“問い続ける者”を受け入れる、流転の民たちの都。でも、それはきっと……あなたたちに、よく似合うわ」
「似合う……?」
「ええ。なぜなら、あなたたちはまだ、決まりきった未来を持たないもの。そしてそれこそが、流れの中で一番強いものよ」
ルリムは黙っていたが、その横顔には確かに、凛とした強さが宿っていた。風が巻く。その先にあるものは、まだ見えない。しかし、歩みは確かにそこへ向かっている。
ゼファレイン。風の巡りの、その中心。空に浮かぶ、都市《漂都》。それは、あらゆる束縛を抜け出し、すべての問いを孕んだまま、世界の上を彷徨う。




