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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第五章 風と共に
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第四十五話

「治水院は交易や出入国の制限こそ厳しく定めましたが、思想の管理は二の次でした。ブラックブリッグ家伝統の式号詠唱を禁止しないのが良い例です」


 ヒュラテスの国境付近。


 たった1日で国は大きいダメージを受けた。アドラスの『灼域』、ウ=クァリスの覚醒による水流の変容。


 戻ろうとする水の力こそあれど、その被害は傷跡を残している。


 ナヴィスが微笑む。


「パレア様がこの国を空けている間は我々が水を“流し”続けましょう。ですから、安心してご出立ください」


 ルリムはダインの背中から、ひどく消耗した様子で口を開く。


「次が来る。ここにいては……また誰かが巻き込まれる」


 言葉少なな彼女に、誰も反論はできなかった。


 破壊された街。


 救いきれなかった人々。


 そして、神の残した影。


 「……行こう。ここを離れよう」


 ダインがそう呟いたとき、パレアは目を上げて静かに問う。


「行き先は?」


「僕は、グラヌスクから幼馴染を助けたい。でもこんな状況じゃ——」


「体制を整える必要があるわね。鳥籠を壊すには、肩を並べる人間も、もっといないと」


 しばしの沈黙。風が、ふわりと三人の間を通り抜ける。


 その風に、パレアが微かに目を細めた。


「風の巡りが、東へ向かっている。……風の国、ゼファレイン。“漂都”が、今そこにあるわ」


「風の国……?」


 「ええ。形ばかりグラヌスクに従ってはいるけれど、本質は流転。水と近い考え。風の民は、止まることを知らない。あの人たちなら——」


 彼女の瞳が、少しだけ強く光る。


 「“追われる者”を受け入れる余地が、あるかもしれない」


 ダインとルリムが顔を上げ、パレアと視線を交わす。逃げるだけでなく、前に進むための場所を。力を求めるのではなく、信じるための旅路を。


 「……行こう、ゼファレインへ」


 その一言に、風が応えるように舞い上がった。

 

 誰もが、次なる“流れ”へと向かう覚悟を胸に抱きながら。

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