第四十五話
「治水院は交易や出入国の制限こそ厳しく定めましたが、思想の管理は二の次でした。ブラックブリッグ家伝統の式号詠唱を禁止しないのが良い例です」
ヒュラテスの国境付近。
たった1日で国は大きいダメージを受けた。アドラスの『灼域』、ウ=クァリスの覚醒による水流の変容。
戻ろうとする水の力こそあれど、その被害は傷跡を残している。
ナヴィスが微笑む。
「パレア様がこの国を空けている間は我々が水を“流し”続けましょう。ですから、安心してご出立ください」
ルリムはダインの背中から、ひどく消耗した様子で口を開く。
「次が来る。ここにいては……また誰かが巻き込まれる」
言葉少なな彼女に、誰も反論はできなかった。
破壊された街。
救いきれなかった人々。
そして、神の残した影。
「……行こう。ここを離れよう」
ダインがそう呟いたとき、パレアは目を上げて静かに問う。
「行き先は?」
「僕は、グラヌスクから幼馴染を助けたい。でもこんな状況じゃ——」
「体制を整える必要があるわね。鳥籠を壊すには、肩を並べる人間も、もっといないと」
しばしの沈黙。風が、ふわりと三人の間を通り抜ける。
その風に、パレアが微かに目を細めた。
「風の巡りが、東へ向かっている。……風の国、ゼファレイン。“漂都”が、今そこにあるわ」
「風の国……?」
「ええ。形ばかりグラヌスクに従ってはいるけれど、本質は流転。水と近い考え。風の民は、止まることを知らない。あの人たちなら——」
彼女の瞳が、少しだけ強く光る。
「“追われる者”を受け入れる余地が、あるかもしれない」
ダインとルリムが顔を上げ、パレアと視線を交わす。逃げるだけでなく、前に進むための場所を。力を求めるのではなく、信じるための旅路を。
「……行こう、ゼファレインへ」
その一言に、風が応えるように舞い上がった。
誰もが、次なる“流れ”へと向かう覚悟を胸に抱きながら。




